
山里 亮太(やまさと りょうた)

1977年4月14日、千葉県生まれ
2003年に山崎静代とお笑いコンビ・南海キャンディーズを結成。
2004年の「ABCお笑いグランプリ」優秀新人賞ほか、多くの賞を受賞。
2008年吉本興業ブサイク芸人ランキングで3冠達成、殿堂入りをした。
曽我 豪(そが たけし)
1962年 三重県生まれ85年 東大法卒、朝日新聞入社 熊本支局へ(3年間でサツ回りと高校野球)
88年 西部本社社会部へ(1年間、サツ回りと高校野球)
89年 政治部へ 総理番、平河ク・梶山幹事長番、野党ク・民社党担当、文部、建設・国土、労働省など担当
94年 週刊朝日へ オウム事件、阪神大震災など テリー伊藤氏の架空政治小説を担当(後に「永田町風雲録」として出版)
97年 政治部に戻る 金融国会で「政策新人類」を造語
2000年 月刊誌「論座」副編集長
01年 政治部に戻る 平河キャップで小泉政権誕生に遭遇
03年 政治部政党長(デスク) 東大・朝日共同研究担当
05年 政治部デスクに
07年 編集局編集委員(政治担当)に
安井 孝之(やすい たかゆき)
1957年 兵庫県生まれ。経済雑誌の記者を経て、1988年、朝日新聞入社。
88年から91年まで東京経済部で流通業界、通産省(現経産省)を担当し、流通再編や通商政策を取材。
91年から95年まで大阪経済部でバブル崩壊後の不動産、金融を取材。阪神大震災後の地元経済の動向も取材。
95年から2003年まで東京経済部で大蔵省(現財務省)、自動車業界、金融業界などを取材。この間、失われた10年の中で企業がどのように経営建て直しに向かっているかをレポートした連載「民革」を担当。財研キャップ、日銀キャップなどを経て、03年から05年まで東京経済部次長(デスク)。
05年から編集委員。財界を取材しつつ、民間企業の経営問題、産業政策をカバーしている。
山口 一臣(やまぐち かずおみ)
1961年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒。ゴルフダイジェスト社勤務を経て、89年朝日新聞社入社。高校時代から愛読していた『朝日ジャーナル』編集部に配属され、あこがれの「ファディッシュ考現学」(田中康夫)を担当するも3年で休刊の憂き目に。『週刊朝日』へ異動し、事件&事件の日々を送る。その後、何を血迷ったのか広島の公教育問題で日教組を徹底批判し、「朝日なのに産経と論調が同じ」と物議をかもす。9.11テロ直後のニューヨーク、パキスタンを取材。米軍によるアフガニスタン市民への誤爆を伝えまくる。デスク時代に北朝鮮拉致被害者関連の記事で下手を打ち、『週刊文春』に叩かれ、副編集長を解任、更迭される(停職10日の処分付き)。その後、広報部へ配属されるが約半年でお払い箱。百科編集部で子ども向け週刊科学誌『かがくる』の創刊などに携わり、05年5月から再び副編集長、同年11月から、『週刊朝日』第41代編集長に。86年におよぶ『週刊朝日』の歴史で中途採用者が編集長になるのは、これが初めて。テレビ朝日「スーパーモーニング」ナビゲーター(毎週月・金曜日8:00〜)
朝日ニュースター「愛川欽也パックインジャーナル」コメンテーター(毎月第1土曜日11:00〜)
文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」コメンテーター(毎週火曜日15:00ぐらい)
ブログ:《ざ・こもんず》 「だめだめ編集長日記
asahi.ポッドキャスト:「週刊朝日編集長登場」
