朝日グループのニュースチャンネル
文字サイズ 大 標準
朝日ニュースターとは視聴方法よくある質問サイトマップHOME
週間番組表月間番組表番組一覧プレゼントご意見・ご感想メールマガジン
視点
放送内容
森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
5/9(金)
松山・道後・大洲・内子二人旅

 「坊ちゃん泳ぐべからず」
 
 道後温泉の風呂場の壁には、こんな木札が掛かっている。この札を掛けさせたのは「坊ちゃん」である。小説では、「深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快だ。おれは人の居ないのを見済ましては十五畳の湯壺を泳ぎ巡って喜んでいた」と書かれている。ところが、ある日風呂場に入ると「大きな札へ黒々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼りつけて」あった。

 小説『坊っちゃん』が発表されたのは、明治39年(1906年)だが、漱石が松山中学に赴任したのは明治28年4月。道後温泉の現在の建物(神の湯本館)が完成したのが明治27年だから、完成間もない頃だった。小説には「温泉は三階の新築で上等は浴衣をかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目へ茶を載せて出す。おれはいつでも上等へはいった」とある。現在の入浴料は、3階の個室使用で1500円、2階の大部屋使用で800円、ただ風呂に入るだけなら400円で済む。私はいつも800円のコースを選ぶ。浴衣、お茶、瓦せんべいが出る。以前は「坊っちゃん団子」が出たような気がする。

 何年か前の話になるけれど、夏目漱石の孫・夏目房之介さんとこの風呂に入ったことがある。入浴客が他に全くいなくなったのを見計らって、夏目さんと泳いだ。「してやったり」と二人でニヤッと笑った。

 ところで、私の父も松中出身である。「あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣って、おくれんかな、もし」と言っていたかどうかはわからないが、赤シャツ2世の家に下宿していたと聞いている。松山市から35キロほど南に下った内子町の生まれである。白壁と和蝋燭の町として知られている。歌舞伎の芝居小屋「内子座」も有名である。西隣の大洲市は、NHKの連続ドラマ「おはなはん」の舞台となった。城を中心とした城下町で、今は、国道56号沿いに大型店舗が次々建ち、周辺の町と合併したりして、市は細長くなっている。

 愛媛県は食文化の民度が高い。グルメ県である。瀬戸内海の新鮮なタイやヒラメ、豊後水道の身の引き締まったサバやアジ、清流が育んだ鮎や鰻が人々の舌を肥えさせたのだろう。連休を少しずらして、86歳になる母と一緒に内子、大洲、松山を旅してきた。母は終戦直前までの1年間、内子町で暮らしていたことがある。

 大洲では「との町たる井」という和食の店で「かじか」を味わった。川で取れる小魚である。串に刺して炙ったり、甘露煮にしたりして出す。昔はすぐそばに流れる肱川で取れたが、今はいない。それでも鰻は天然物だとかで、少々皮が固かったが、味はしっかりしていた。カボチャやレンコンなど全体的な味付けが京都風で上品だった。鮎料理が有名な店だが、シーズンは6月からだ。肱川では現在も「鵜飼い」が行われている。しかし、鮎はもう姿を消し、事前に放流しているとタクシーの運転手さんが教えてくれた。日本の川ではどこでも、上流で放流した鮎や岩魚を川釣りしている。どこまでが天然物で、どこまでが養殖物だか、その境界が怪しくなる。

 松山では「吉」(よし)という和食屋に行った。ランチで食べた「鯛丼」は、新鮮な鯛の切り身に生卵がかけてあり、それに特性のタレをかけて食べる。夜食べたオコゼ、アナゴはもちろん活き作りである。キュウリの浅漬けには隠し味に白ワインが使われていた。

道後温泉。外人客もちらほらいた。.JPG
道後温泉。外人客もちらほらいた。

800円払うと、2階のこの大広間に通され、お茶とお菓子が出る。.JPG
800円払うと、2階のこの大広間に通され、お茶とお菓子が出る。

道後行きの路面電車に乗ると、松山城が見えてくる。.JPG
道後行きの路面電車に乗ると、松山城が見えてくる。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。