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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
4/25(金)
その硫化水素の発生、ちょっと待った!

 おそらく今この時間も、日本のどこかで卵の腐ったニオイが立ち上っているに違いない。

 硫化水素による自殺が相次いでいる。22日には青森県八戸市のアパートで、40歳代の男性と20歳代の女性が浴室の中で死亡しているのが発見された。翌23日には、高知県香南市の市営住宅で、中学3年生の女生徒が浴室で自殺。24日には京都市の駐車場に止めてあった車の中で48歳の男性が、また滋賀県湖南市のビジネスホテルでも33歳の男性客が死亡していた。

 インターネットを覗いてびっくりした。その自殺方法が事細かく書かれている。ご丁寧なことに、閉じこもって目張りする部屋の大きさ(縦×横×高さ)を記入すると、瞬時に用意する薬品の必要量が計算されて出てくる。薬品といっても市販されている家庭用洗剤と入浴剤(あるいは家庭菜園用の農薬)である。

 インターネットは「悪事千里を走る」メディアでもある。個人が自由に意見を発信できる優れたメディアだが、それゆえ危険性も秘めている。閲覧する側が相応の知識を持って接しないと、過ちを犯す。

 自殺方法は伝染する。哲学青年の滝への投身自殺から始まって、有名作家の入水自殺。時を経て、アイドル歌手の飛び降り自殺、有名ミュージシャンの首つり自殺。メディアによる報道に刺激されて、その度に後を追う若者たちが続く。そして、典型的「インターネット自殺」となった「練炭による一酸化炭素自殺」、今回の「硫化水素自殺」につながっていく。

 自殺記事に関しては、その方法を細かく書かないのがジャーナリズムの常識だった。真似する人間が出てくるのを防ぐためだ。しかし、状況はガラリと変った。インターネット上には「失敗」しないように事細かく教えてくれる「自殺幇助(ほうじょ)犯」が存在し始めた。中には、「一緒に自殺を」とか「自殺を手伝います」と誘う殺人犯まで出現した。

 ところで、自殺する人は、誰にも迷惑をかけないようにと願って密かに自殺しようとする。あるいは、これ以上周りの人に迷惑をかけたくないからと思って自殺しようとする。とんでもない。

 人が一人この世を去ることは、周囲に大きな衝撃を与える。両親や兄弟姉妹、あるいは友人たちは、「あの時のあの一言が彼(彼女)を自殺に追いやったのではないか」「あの時、こうしていたら自殺を思い止まらせたのではなかったか」と一生悔やみ続ける。日頃は忘れていても、ふと手を休めたときや、街を歩いていて突然、思い出されてきたりするものだ。

 硫化水素自殺では、帰宅した親たちが何の防備もなく浴室に飛び込んで被害に遭っている。親としては一刻も早く助け出そうとするのは当然だ。「毒ガス発生中」と書かれた張り紙を気にする暇はない。

 これは私の言葉ではないけれど、「いつ死ぬかは自然が決めること。死にたくなくても、その時はやってくる。だから、自ら命を縮めることはない」。街を歩けば、脱線事故や交通事故に遭うかもしれない。毒入り食品にあたるかもしれない。致命的病気にかかるかもしれない。

 この世の中、確かに(り)理不尽で(ゆ)許せなく、(う)うるさくて(か)悲しくて(す)住みづらく、(い)イジメがあって(そ)疎外感があるけれど、60年間生きてきて思うのは、それでも徐々に、良い方に変化している。だから、その硫化水素の発生、待った!
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。