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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
4/4(金)
阿嘉島でケラマジカに会った

 「今日は雨なので、出てこないと思いますよ」

 地元の人にそう言われて少々落胆していた。ここは、沖縄県・慶良間諸島の慶留間(げるま)島である。那覇市の泊港から高速船に乗って1時間あまり。途中、波が高く「クイーンざまみ」は左右にローリングしながら走った。

 「ケラマジカ」に会いに来たのである。島から島へ海を渡る鹿として知られている。NHKの動物番組「ダーウィンが来た!」で紹介されて、一躍有名になった。

 一家に子どもが生まれると、メスだけは母親の元で育てられ、オスは島を追い出される。理由が分からないまま、子どものオスは海を渡る。途中で溺れたり、漁師の船に助けられたりすることもある。近親相姦を防ぐためと説明されるが、動物一般に行われる自立への厳しい道のりとも言える。

 ケラマジカは本土から持ち込まれた。「琉球国由来記」(1713年)によると、1630年前後に、琉球王朝の尚氏金武王子朝貞が薩摩から持ち帰ったとある。近くの無人島に放たれたが、海を渡って島々に散らばった。最初に何頭持ち込まれたのかわからないが、すべてその子孫たちだ。DNAは非常に近い。以来400年弱、亜熱帯の環境に順応し、生き残った。

 ところで、一般に動物は、寒い地方から南下すると体が小型化することが知られている。小さい鹿という先入観があったので、山の上でいきなり出会った時、その大きさと威厳のある体格にびっくりした。充分、奈良の鹿に対抗できる。慶留間小学校教諭の玉城健さんに貸してもらった車で、慶留間島、連結している南側の外地(ふかじ)島、北側に連結している阿嘉(あか)島を走り回っていた。最初のうちは海辺を中心に見て回った。うっそうとした山の中では鹿を見つけるのは容易ではないからだ。それに「海を渡る」というキーワードが頭に刷り込まれていたので、海辺に出てくるものと信じていた。

 出会ったのは阿嘉島の展望台である。島の全容を見てみようと、車で上り、白い砂浜などを写真に撮っていた。帰ろうと思って横を見ると、ぐるりとフェンスが張られている場所があった。中に植物の苗木が植えられているらしく、人も動物も進入禁止となっていた。ふっと反対側のフェンスを見ると、そこに大きな鹿がいた。20メートルほど離れていただろうか、雑木の中なので暗い。ポケットからカメラを出し、夢中でシャッターを切った。デジカメの最大限の望遠なので、粒子が粗くなるのを覚悟した。

 ケラマジカはじーっと私を見つめていた。身動き一つしない。こちらも動くわけにはいかない。デジカメ特有の「ピピ、バジャ」という電子音だけが響く。10カットほど撮った時、全く気がつかなかったが、左側にいたもう1頭の鹿が動いた。こちらはかなり小柄だ。親子なのだろう。

 「キュン!」

 甲高い警戒音を発し、2頭同時に身を翻した。お尻の真っ白い毛が薄暗さに光った。

 阿嘉島は沖縄戦の時、米軍が最初に上陸した島でもある。慶良間諸島は「自決の島々」でもある。渡嘉敷島では、日本軍の守備隊から 52発の手榴弾を渡され、村人は集団自決を強要された。沖縄タイムス社編『鉄の暴風』によれば、軍の論理はこうだったという。

 「持久戦は必至だ。軍としては最後の一兵まで戦いたい。まず、非戦闘員を潔く自決させて、残ったあらゆる食料を確保して持久態勢をととのえ、上陸軍と一戦を交えねばならない」

 しかし、結局、軍は降伏する。手榴弾が不発だった村人が生き残った。ケラマジカも激しい機銃掃射から生き延びた。

1分ほど見つめ合った。.JPG
1分ほど見つめ合った

周囲には美しい海が広がる。.JPG
周囲には美しい海が広がる

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米軍上陸の碑
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。