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放送内容
森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
3/28(金)
「殺人願望」と「自殺願望」の混在

 入社した直後、ある先輩から記者の心得を教わった。

 「駅のホームでは先頭に並ぶな。信号待ちの交差点では一番前に立つな。酔っぱらったら、店のすぐ前からタクシーに乗れ」

 記者は自分が書いた記事によって誰に恨みを買っているかわからない。用心に越したことはないというのだ。新米記者には鮮烈な言葉だった。以来、ずーっと教えを守り通してきた。疲れて座りたいと思っても、ホームの先頭には並ばない。約束の時刻に遅れそうになっても、焦って道路の真ん前に立たない。タクシー代がもったいないと思っても、歩いて帰らない。もう、習慣として体に染みついてしまった。

 そのお陰か、命に関わるような危ない目には遭ってこなかった。しかし、周辺では様々な事件が起きた。酔っぱらって地下鉄のホームから転落して骨折した後輩。酔っぱらっていてオヤジ狩りに遭い、駅の階段から突き落とされた同僚。酔っぱらっていて駅の改札口で痴漢騒ぎに巻き込まれ逮捕された先輩(何週間か後、無罪放免された)。

 記者の場合、酔っぱらって「事件・事故」に巻き込まれるケースが多い。だから、3番目だけを守っていればかなりの部分は防げたはずだ。しかし、自宅が遠い人は、おいそれとタクシーに乗るわけにもいかない。お酒を飲みたい人は、自宅をなるべく都心近くに置くのも重要な選択肢になる。

 JR岡山駅のホームで、38歳の公務員が見ず知らずの18歳の少年から線路に突き落とされたニュースを聞いて、体がざわついた。警察官が到着した時、「私が突き落としました」と右手を挙げたという。恨みを買っていなくても誰が殺意を抱いているのかわからない時代になった。

 茨城県・荒川沖駅構内で通行人が刃物を持った24歳の若者に次々刺される事件も起きた。「複数殺せば、死刑になれると思った」と供述しているという。個人では防ぎようのない事件だ。警察の警備体制の不備が悔やまれる。

 このところ、似たような事件が多発している。1月には東京・戸越銀座商店街で16歳の少年が刃物を持って通行人を次々襲った。「神の裁きを」と叫んだ。同じ1月、青森県八戸市では、18歳の長男が母親と妹・弟をサバイバルナイフで刺し殺し、家に放火した。

 人を殺したい「殺人願望」と自ら死にたい「自殺願望」が混在している。死刑になりたいために、殺人を犯す。自分では死ねないために他人に「死刑」という形で殺してもらおうとする。また、他人を狙ったケースでもチャンスがあれば家族をまず殺そうと思ったと供述している。

 2001年6月に起きた大阪・付属池田小事件や2007年1月に東京・渋谷の歯科医師宅で起きた兄による妹バラバラ殺人事件に共通する部分もある。

 自殺願望もはっきりとした自殺願望ではない。「何もかも清算したい」という強烈な「リセット願望」だ。輝ける「未来」「将来」を提示できない現代日本社会にその病巣がある。

 地上では「きぼうのない」事件が次々と起きている。

 唯一の希望は暫定税率撤廃による2兆6000億円の減税だ。衆議院を解散して、政権運営の是非を問う覚悟が欲しい。何でサミットまで現政権を維持しようとするのか。支持率急落の「死に体政権」の花道にしてしまっては、各国代表に失礼に当たる。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。