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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
2/29(金)
海を越える「疑惑の銃弾」、越えない「疑惑の餃子」

 本来は、アメリカで裁かれるべき事件だった。カリフォルニア州ロサンゼルスで起きた三浦一美さん銃撃事件。「週刊文春」によれば、「日本の警察に捜査権を移してほしい」とロス市警に懇願したのは、一美さんの両親など関係者だったという。しかし、両親の「犯人を明らかにしたい」という思いとは逆に、銃撃事件に関して、結果は無罪となった。

 例えば、沖縄でアメリカ人容疑者による殺人事件が起きたとする。しかし、裁判は事件が起きた沖縄県ではなく、アメリカに移送され、容疑者に無罪判決が出る。この時、沖縄県警の捜査員が歯ぎしりするのと同じように、ロス市警の関係者も無念の思いを抱いていたのではなかろうか。軍人ではないが、「日米地位協定」の逆のようなケースである。

 三浦和義容疑者の逮捕に動いたのは、ロス市警の「未解決殺人事件捜査班」。存在だけは知っていたが、まさか日本で「決着済み」の事件に名前が登場してくるとは思わなかった。会見を開いたリック・ジャクソン刑事は、当初からこの事件を担当していたという。飽くなき執念を感じる。アメリカにも独自の裁判権があるのは当然だ。

 この事件は、雑誌記者に大きな衝撃を与えた。三浦容疑者が逮捕された時に、「週刊朝日」の記者だった私も、調査報道によるスクープのすごさとその結果が無罪になるという虚しさ、怖さを同時に味わった。当時、労働組合に専従することが決まっていたために、この事件取材に直接関わることは出来なかったが、毎日加熱する報道に、参加できないもどかしさを感じていた。

 ロス疑惑は、その後多発する「保険金目的の殺人疑惑事件」の原点のような事件だった。保険金が「意外に簡単」に支払われる仕組みに驚いたりもした。同時に、その後の疑惑報道の原点のような事件でもあった。加熱する報道が犯人を決めつけてしまう恐ろしさである。松本サリン事件、和歌山カレー事件、秋田の2児殺害事件、香川県の祖母と孫の殺害事件・・・・・・。雑誌、TVに今やインターネットが加わった。当初、極めて冷静な報道姿勢を取っていた新聞各社も、やがてこうした過熱報道に巻き込まれていく。

 ところで、三浦容疑者はロサンゼルスに身柄を移送される可能性が高い。本人の承諾がなくても、アーノルド・シュワルツェネッガー知事の要請があれば実現するのだという。かくして「疑惑の銃弾」は太平洋をサイパンまで縦断した後、ロスまで横断することになりそうだ。三浦容疑者は、「アイルビーバック」(すぐに戻ってくる)という台詞をはけるだろうか。

 「疑惑の銃弾」の方は、ロス市警の執念の捜査によって海を越えるが、「疑惑の餃子」の方は、中国警察当局の執念なき全面否定によって海を越えられない。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。