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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
2/8(金)
日本にいない「CSI」(科学捜査官)

 119番通報で救急隊員が駆けつけると、男性はすでに死亡し、顔にはぱっくり割れた傷があった。体中にも無数の傷。しかし、警察官は検死官も呼ばず、従って解剖も行われずに「病死」と判断された―――時津風部屋で起きた傷害致死事件である。背景には検死官不足がある。警察庁の検死官は全国にわずか147人。愛知県には5人しかいなかった。司法解剖を行える法医学専門の解剖医となると、さらに少ない。2007年に警察が扱った死体約15万4000体のうち、解剖されたのは1割にも満たない。愛知県ではわずか2.3%という。

 アメリカのTVドラマ「CSI」に出てくる捜査権を持った科学捜査官―――現場に急行し、死体を調べ、現場に残された血痕や繊維、各種の傷を丁寧に調べ、証拠品を分析し、解剖医と協力し合いながら、時に銃を持って犯人逮捕に挑む。こんな捜査官、日本には存在していない。

 変死体が発見されても、それが事故を装った殺人なのか、自殺を装った殺人なのかを見分けることはほとんど不可能に近いのではないか。明らかに暴行を受けていると見て取れるのに、現場の警察官は検死官すら呼ばなかったのだから。

 今日の朝日新聞に「現役で死亡した力士」の一覧が載っていた。1985年から2007年まで16人が亡くなっているが、うち、時太山の診断と同じ「虚血性心不全」や「急性心不全」、「心不全」とされているものが、6人いる。不審な点はなかったのか、再調査する必要がある。

 角界には「かわいがり」と称する暴力が蔓延している。これだけ騒ぎになっても、北の湖理事長が責任を取らないのは、あるいは理事から辞任の声が上がらないのは、他の理事たちも脛に同じ傷を持っているからではないのか。

 部屋から逃げ帰ってきた息子を「がんばれ」と送り返した父親の気持ちが痛い。登校拒否する我が子を「サボるんじゃない」としかりつける父母に似ている。そこには「いじめによる死」が待ち受けている。

 昔、奉公先の辛さから逃げ出した息子を、家に入れずに雪の中に閉め出した母親の美談がまことしやかに映画やTVで流れていた。「苦労」に耐える成功者の姿が語り継がれてきた。しかし今は、受け入れる側が「命の重さ」を全く理解していない。

 それにしても、異常が目に見えるのに原因を追究しようとしなくなった社会の「常識」が怖い。冷凍餃子にべたついて異臭があるというのに、回収しただけでうやむやにしてしまった食品業界。

 食品と薬品。命に直接関わる重要な2つの分野で、情報が一元化されていないお寒い状況が続いている。食中毒、薬害、副作用・・・、どれも緊急に対応しなくてはならないものばかりだ。食品・医薬品安全センターが設立され、すべての情報がここに集約されていれば、毒入り餃子も薬害エイズも薬害肝炎も、被害の拡大を防げたはずだった。

 安全を調べる検査官も足りない。単に渡された検体を調べるだけでなく、捜査権まで持った「食品(医薬品)安全捜査官」として存在していれば、もっと素早い対応が取れたのではないかと思う。海外で作られたものが全国に瞬時に配送される時代。その広がりとスピードに対応できる検査・捜査体制がぜひとも必要だ。

 ところで、明日香村から国内最大級の石室が発見された。ああ、鳥になってすぐにでも現場に飛んで行きたい。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。