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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
1/25(金)
シャンパン=美しさの源は「ゴミ」

 細長いフルートグラスに淡い黄金色のシャンパンをそそぐと、細かな泡が勢いよく立ち上がっていく。表面まで達すると、小さなダイヤモンドを寄せ集めたような輝きを放ち、やがてパチンとはじける。

 鼻を近づけると、はじけた泡から様々な芳香が飛び込んでくる。リンゴ、洋梨、アプリコット・・・。立ち上がる泡が細かければ細かいほど、多ければ多いほど舌を刺激し、喜ばせてくれる。卒業シーズンにシャンパンは欠かせない。

 しかし、料理写真を撮っているフードコーディネーターの経験談では、この時、グラスを洗剤できれいに洗いすぎると、泡が立たなくなるという。むしろ、水道でさっと洗って布巾で水滴を拭き取ってやると、泡立ちがよいと聞いた。つまり、グラスをピカピカツルツルに磨いてしまうと泡立ちが悪くなることが分かっている。

 最近、『シャンパン 泡の科学』(ジェラール・リジェ=ベレール著、白水社)を読んだ。フランス・ランス大学の物理学者が書いた本だ。彼は顕微鏡レンズを備えた高速ビデオカメラをフルートグラスの脇に設置し、泡の立つ様子を詳細に観察・分析している。

 それによると―――。シャンパンの泡は、グラスの内に付いた細かな「不純物」(ゴミ)から発生していることが確かめられた。例えば、布巾から剥がれ落ちた細い繊維などである。繊維といっても目には見えにくい。直径はせいぜい0.01ミリから0.02ミリほどだからだ。より正確に言うと、ストローのようなその繊維の、真ん中の空気(エアポケット)から泡が誕生している。

 シャンパンの液体内に閉じこめられている二酸化炭素分子が、そのエアポケットを利用して集まり、最初の泡を形作る。だから、泡の大きさは0.01ミリほどだ。それが上昇とともにさらに二酸化炭素分子を引き寄せ、成長を続け、液面に達する頃には100万倍の直径1ミリほどに育つ。このエアポケットが次々と泡を生み出していく。

 液面を覆った泡がはじけるとき、その周りの泡が、楕円形に変形し、六弁の美しい花びらが誕生することが観察されている。残念ながら肉眼では見えない。

 シャンパンの誕生は、15世紀に起きたヨーロッパの寒冷化がきっかけだ。アルコール発酵中のワインが寒さのために途中で止まり、瓶に詰められた後に第2次の発酵をし始めたからだ。発泡性ワインの誕生だ。

 しかし、フランス貴族たちはこの発泡性ワインを嫌った。失敗作と受け取ったからだ。元々シャンパーニュ地方のワインはパリに近かったこともあって、貴族たちのお気に入りだった。慌てたのはカトリック教会。シャンパーニュ地方に広大な葡萄畑を有していたからだ。そこで1668年、29歳の若き僧、ドン・ピエール・ペリニョンに泡をなくすよう命令した。

 ところが、貴族心と秋の空は変わりやすいというか、いつの間にか「スパークリングはお洒落」な時代に変わってしまった。当時の退廃的な気分がそうさせたのかもしれない。
ドンペリ君は逆に喜んだ。「星を飲んでいる」と叫んでいたほど泡が大好きだったからだ。最大の功績はコルク栓の発明。しかし、当時のガラス瓶は弱く、シャンパン・ボトルの半分以上が馬車で揺られている途中で割れた。値段が高くなったのはそのせいとも言われている。

 泡の撲滅を目指していた青年が泡を生み出し、その美しさの源は、実は「ゴミ」だった。
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フルートグラスに注いだシャンパン。左が洗剤でよく洗った場合、
右が水洗いして布巾で拭いた場合。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。