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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
1/18(金)
「龍潭通りの温故知新」

 沖縄の首里城の真下に「龍潭」(りゅうたん)と呼ばれる池がある。鯉や亀の天国だったが、最近は外来種のテラピアがはびこっている。元々は城を守るための堀かと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。中国からの使者をもてなすための舟遊びなどに使われていたようだ。

 その「龍潭」の前の道が今、拡張工事の真っ最中である。道を広げるために道路沿いに立っていた多くの建物が移転を余儀なくされた。その代表が「沖縄県立博物館・美術館」である。美しい石垣に囲まれていた建物は新都心のおもろ町に移転し、昨年11月1日にオープンした。真っ白の建物の中は、コンピューター・グラフィックを多用した展示に変わっていた。

 実は、友人の家が龍潭の近くにあって、沖縄に行くたびに泊めてもらっていたので、当然のことながら、なじみの店がたくさんあった。今回、沖縄に行ったついでに探し歩いてみた。

 まずは、イタリア風居酒屋の「ペペロンチーノ」。風と書いたのは、泡盛で食べるイタリアンだからだ。当時、ワインを頼んだがなかった。

 この店は「ペペロクラブ」と名前を変え、龍潭通りを那覇国際通りの方へ下っていた途中にある松川に移った。シェフの小松さんは相変わらず頭にハデなバンダナを巻き、お通しに島ラッキョウなどを出していた。最近はスパークリングワインも用意されている。

 池端のT字交差点には「青雲」という沖縄そば屋があった。山盛りの野菜そばがおいしかった。この店は200メートルほど平行移動し、やはり龍潭通り沿いにあった。訪れたときは、たまたまだったのか「野菜そば」がなかった。

 「ペペロンチーノ」の2階には沖縄料理の「富久屋」があった。この店を見つけるのはむずかしかった。旧県立博物館の石垣に沿って左に曲がると、途中、右側に細い路地があり、その奧の駐車場のさらに奧にあった。表通りからは全く見えないので、地元の人でないと分からない。蔦のからんだ平屋建ての建物は雰囲気があり、板の間で食べた「そば定食」は、以前より一段とボリュームが増した。お客は前よりもむしろ増えていた。

 八重山料理の有名店「潭亭」は、意外な場所にあった。沖縄初のモノレールである「ゆいレール」の儀保駅で降りて、「御殿山」(うどぅんやま)を目指してブラブラ歩いていたとき、道に迷って偶然出た公園の脇にあった。お手頃価格の昼定食はなくなり、3000円と5000円の懐石料理だけになった。予約が必要である。懐かしくてご主人に話しかけると、特別に予約なしで上がらせてくれた。

 移転せざるを得なくなって、結局、自宅として使っていたマンションの部屋を店に造り替えたのだという。ベランダからは真正面に首里城が見え、晴れていたので遠くに慶良間諸島まで見渡せた。ジーマミー(南京豆)をすって汁にしたお椀は絶品だった。

 ところで、去る者があれば来る者がある。龍潭通りには新しい店が出来ていた。元「青雲」があった場所には、少し後ろに下げられて新しいビルが建ち、若者向けの「ダーツバー」が出来ていた。シングルモルトなどをそろえた沖縄には珍しい本格的バーである。

 建物は新しくないが、通りを少し下った元食堂があった場所には、居酒屋「あんどん」が出来ていた。長芋(山芋?)をすってポンパドール夫人のバストのようにまーるく揚げた食べ物に出会った。不思議な感触だった。

 道が一本広がるだけで、町は大きく変化する。
「龍潭」。上に首里城が見える。.JPG
「龍潭」。上に首里城が見える。

出来たてほやほやの沖縄県立博物館とその内部。.JPG
出来たてほやほやの沖縄県立博物館とその内部。

「潭亭」のジーマミー汁(左)とジーマミー豆腐。.JPG
「潭亭」のジーマミー汁(左)とジーマミー豆腐。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。