12/21(金)
「政治不信 さらに増すぞえ 年金・肝炎」
福田首相が「名宰相」になるチャンスを逃した。支持率は急落し、自民党政権自体が危うくなった。
C型肝炎患者による「薬害訴訟」で原告団が求めているのは、「一律救済」である。そして、二度と同じ過ちを繰り返さないための対策の強化である。
政府は問題の本質をすり替えた。金による解決は、この国の「お上」がとってきた常套手段である。成田に空港を造るときも、五木村にダムを造る時も、そこに住む人々の「思い」を受け止めることなく、お金をばらまいてきた。
またしても舛添要一厚生労働相は株を下げた。年金問題でもそうだったが、初めは威勢が良く、結局、役人たちに押し切られて中途半端な答弁に終始した。最初の期待感が大きいだけに、「裏切られた」気持ちが強くなる。
「8億円を30億円にした。直接、間接的に事実上全員救済できる」と胸を張ったが、患者たちの「思い」が全く分かっていない。
官僚たちは「一律救済」出来ない理由として、「救済の範囲がどこまで広がるか分からない。今後、新薬の認可が出来にくくなる」を挙げた。
しかし、原告たちの願いは「新薬の認可」にブレーキをかけることではない。フィブリノゲンに関していえば、本来、先天的に血液が固まりにくい人たちに使われるべき薬が、なぜ安易に止血剤として使われ続けたのか、さらに、この血液製剤が承認・販売された1964年当時から感染の危険性が指摘され、1977年にはアメリカで承認が取り消されたのに、その情報を知り得ながら日本では、なぜ1994年まで使われ続けられなければならなかったのかの解明だ。
いったん承認された薬が、その後、重大な副作用を起こすことはある。最初の1例が出た時点で、全国の医療機関が情報を共有し、監視体制を強め、2例、3例と出た時点で、その薬の使用を止める緊急処置を取る必要がある。この時、医療機関をまとめる厚生労働省の役割は非常に重要になる。
C型肝炎患者が求めているのは、こうした臨機応変な体制作りである。簡単に言えば、厚労省の役人たちが真面目に仕事に取り組む姿勢を問題にしているのだ。救済患者の線引きを行ったことに関して、厚労省の江利川事務次官は「責任がない部分にお金を支出するのはむずかしい」と述べていたが、医療機関を統轄する厚生労働省の役人として、「真面目に働かなかった責任がある」と、問われているのだ。
官僚たちは責任を忌避した。福田首相も舛添大臣も、町村官房長官も伊吹幹事長も・・・多くの自民党政治家たちがそれに同調した。
この国の医療現場では現象面でしか問題を把握しない。例えば、奈良県で起きた「妊婦たらい回し」事件。妊娠6カ月の女性が、出血し救急車を呼んだが、病院に受け入れてもらえず、3時間後流産した。問題の裏に隠れているのは、妊娠に伴う通院に関しては保険が利かない事実だ。1回の通院に万単位のお金がかかる。だから、産むまで病院に検査通院していない妊婦が多く存在することになる。通院歴がないため病院側は受け入れを拒否し、救急車は何時間も受け入れ先を探す羽目になる。ある意味で、健康保険の不備が引き起こした事件といえる。少子高齢化対策がこれでは、お笑い種だ。
人の命を扱う医療現場に、責任回避がまかり通っている。厚労省に医療現場の認識がない。さらに、政治家にリーダーシップがない。これでは政治不信がさらに増すぞえ。
福田首相が「名宰相」になるチャンスを逃した。支持率は急落し、自民党政権自体が危うくなった。
C型肝炎患者による「薬害訴訟」で原告団が求めているのは、「一律救済」である。そして、二度と同じ過ちを繰り返さないための対策の強化である。
政府は問題の本質をすり替えた。金による解決は、この国の「お上」がとってきた常套手段である。成田に空港を造るときも、五木村にダムを造る時も、そこに住む人々の「思い」を受け止めることなく、お金をばらまいてきた。
またしても舛添要一厚生労働相は株を下げた。年金問題でもそうだったが、初めは威勢が良く、結局、役人たちに押し切られて中途半端な答弁に終始した。最初の期待感が大きいだけに、「裏切られた」気持ちが強くなる。
「8億円を30億円にした。直接、間接的に事実上全員救済できる」と胸を張ったが、患者たちの「思い」が全く分かっていない。
官僚たちは「一律救済」出来ない理由として、「救済の範囲がどこまで広がるか分からない。今後、新薬の認可が出来にくくなる」を挙げた。
しかし、原告たちの願いは「新薬の認可」にブレーキをかけることではない。フィブリノゲンに関していえば、本来、先天的に血液が固まりにくい人たちに使われるべき薬が、なぜ安易に止血剤として使われ続けたのか、さらに、この血液製剤が承認・販売された1964年当時から感染の危険性が指摘され、1977年にはアメリカで承認が取り消されたのに、その情報を知り得ながら日本では、なぜ1994年まで使われ続けられなければならなかったのかの解明だ。
いったん承認された薬が、その後、重大な副作用を起こすことはある。最初の1例が出た時点で、全国の医療機関が情報を共有し、監視体制を強め、2例、3例と出た時点で、その薬の使用を止める緊急処置を取る必要がある。この時、医療機関をまとめる厚生労働省の役割は非常に重要になる。
C型肝炎患者が求めているのは、こうした臨機応変な体制作りである。簡単に言えば、厚労省の役人たちが真面目に仕事に取り組む姿勢を問題にしているのだ。救済患者の線引きを行ったことに関して、厚労省の江利川事務次官は「責任がない部分にお金を支出するのはむずかしい」と述べていたが、医療機関を統轄する厚生労働省の役人として、「真面目に働かなかった責任がある」と、問われているのだ。
官僚たちは責任を忌避した。福田首相も舛添大臣も、町村官房長官も伊吹幹事長も・・・多くの自民党政治家たちがそれに同調した。
この国の医療現場では現象面でしか問題を把握しない。例えば、奈良県で起きた「妊婦たらい回し」事件。妊娠6カ月の女性が、出血し救急車を呼んだが、病院に受け入れてもらえず、3時間後流産した。問題の裏に隠れているのは、妊娠に伴う通院に関しては保険が利かない事実だ。1回の通院に万単位のお金がかかる。だから、産むまで病院に検査通院していない妊婦が多く存在することになる。通院歴がないため病院側は受け入れを拒否し、救急車は何時間も受け入れ先を探す羽目になる。ある意味で、健康保険の不備が引き起こした事件といえる。少子高齢化対策がこれでは、お笑い種だ。
人の命を扱う医療現場に、責任回避がまかり通っている。厚労省に医療現場の認識がない。さらに、政治家にリーダーシップがない。これでは政治不信がさらに増すぞえ。
