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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
12/7(金)
「開高健と山盛りがばがば」

 今夜(12月7日)、「開高健とヌーヴォーの会」が開かれる。もちろん、今年の新酒・ボジョレー・ヌーヴォーを祝う会である。解禁日は11月の第3木曜日、今年は11月15日だったのに、なぜ、こんな遅い時期に飲むのかというと―――「船便で届いたヌーヴォー」を飲むのが「開高流」だったからだ。

 開高さん曰く「飛行機便で届いたボジョレーは、飛行機代を飲んでいるようなもの。本来、ボジョレーは船便で届くのを待ってがばがばとやるのがふさわしい」。

 フランスでは、1本500円ほど。それが日本では3000円近くする。6倍にも跳ね上がる。そのほとんどが飛行機代である。

 今年は何回目になるのだろうか。生前から続いているので、30年近くになるかもしれない。開高さんが亡くなったのが1989年12月9日。もう18年になる。毎年開いていた「ヌーヴォーの会」のちょうどその頃、世を去った。

 友人や担当編集者たちが、命日を兼ねて今でも「ヌーヴォーの会」を開き続けている。この日、開高さんの大きな遺影の前でお互いの無事を確かめ合うのが習わしとなっている。今年は、カメラマンの高橋昇さんがいない。「オーパ」シリーズで開高さんに同行したカメラマンである。

 今年7月、高橋さんから突然、携帯に伝言が入った。「あなたに会いたがっている人がいるので、連絡をください」。苦しそうなしゃがれ声だった。なかなか連絡が取れず、ようやくつながると、彼は病院に入院していた。

 会いたがっていた人物は、ヴェネズエラ在住のIさんだった。たまたま日本にやってきていて検査入院のために同じ病院にいた。二人は偶然知り合ったらしい。談話室で話をしていたら開高さんの話になり、私の話が偶然出たと言っていた。ヴェネズエラで釣り場に案内してくれた人である。『もっと広く』にシンスケ氏として登場している。約30年ぶりの再会。息子さんは駐日ヴェネズエラ全権大使となっていた。

 傍らにいた高橋さんは、時折苦しそうな表情を見せるものの、いつもの精悍な顔立ちで話に聞き入っていた。まさか、2カ月後にこの世を去るとは想像も出来なかった。

 入院していた病院は「済生会中央病院」。開高さんが亡くなった病院である。因縁めいて嫌だったのだろうか、転院した先の病院で亡くなったと聞いた。

 ところで、開高さんは、色紙を書くのがうまかった。有名な逸話がある。越前岬にあるカニ料理で有名な料理旅館に泊まったときのこと。主人から「色紙を書いてください」と頼まれて、「何でもいいか」と聞き、主人が「何でも構いません」と応えた。「その代わり、絶対にロビーに掛けるんだぞ」と念を押してから書いたのが、「この家ではいい雲古の出るものを食べさせてくれます。保証します」だ。

 この旅館に開高さんは「開高丼」を残した。越前ガニの雌、セイコガニ約3杯分の身やら内子やら外子やらすべてをご飯に乗せてまぶしたものだ。一夜泊まった時、カニのフルコースが出た後に「開高丼」が出てきた。食べきれずにおにぎりにしてもらって翌日食べたことがある。聞くと、これがハーフサイズで、実際はその培あるらしい。美味しいものがドーンと山盛りされていないと安心しない人だった。
たくさんの色紙を残した、と思う。私の好きな一枚は「明日、世界が滅びるとしても 今日、君はリンゴの木を植える」だ。

P1010026.JPG
一番気に入っている言葉と『もっと広く』(南北両アメリカ大陸縦断記の下巻)。

P1010024.JPG色紙に好んで書いた言葉。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。