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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
9/28(金)
「逃げまどうミャンマーの群衆の中に」

 「ミャンマーに行ってみませんか」と誘われたのは、タイのバンコクに滞在していた時だ。貧乏旅行作家で有名な下川祐治君からだ。その時、彼はまだ一連のアジア探訪を書く前で、バンコクに1年ほどの予定で住んでいた。

 すでに軍事政権が実権を握っており、東京でビザの申請を出しても、ジャーリストには簡単に降りないことを知っていた。

 「バンコクではすぐ降りるんですよ」と言った。一緒にホテルのそばにあった小さな旅行社に行くと、「じゃあ、テクニシャン(技術者)ということにしておきますね。これが一番入りやすいんです」と女性スタッフが請け負った。翌日、我々はバンコク国際空港にいた。

 「ジョニクロ(スコッチ)とスリースター(煙草)を買っていきましょう。これが向こうでは高く売れるんです」

 下川君の言うなりに免税店で買い求めて、ミャンマーの当時の首都・ヤンゴンに降り立った。入国手続きは比較的簡単だった。ただ1枚の白い紙を渡された。

 「この紙はパスポートより重要です。ホテル代などドルを使ったときに、いちいち書いてもらわなければなりません。いくらドルを使ったかが重要で、出国の際にチェックされるんです」

  一定以上のドルを落とさないと、出国が許されないらしい。今は紙ではなくなったと聞いた。
ところで、空港を一歩出た途端に、大勢のミャンマー人に取り囲まれた。

 「お酒、煙草、持っているか。高く買うよ」と口々に叫んでいる。「街で売った方が高くなります」という下川君に従って、そのままホテルに直行した。

 翌日、街を歩いていると、スーッと一人の男が寄って来た。喫茶店のテーブルの下でスコッチと煙草は、現地通貨に替えられた。現地の人の約3カ月分の給料に匹敵していた。富裕層にさらに高く売りつけられるのだという。

 シュエダゴン・パゴダまでは歩いて行けた。広い通りの突き当たりに建っている金ぴかの仏塔である。登ってみると、中は意外に広く荘厳な趣があった。多くの人が座って祈っていた。

 街には活気が感じられなかった。古い映画館の看板がもの悲しくかかっていた。確か、日本映画の「ゴジラ」をやっていたように思う。木陰のベンチに腰掛けていると、一人の若者が日本語で話しかけてきた。日本語学校に通っているという。

 「観光客に話しかけているところを見つかると捕まる」と言いながら、周囲を気にしていた。彼とは夜、会うことにした。「一緒に日本語を学んでいる友人たちを連れてきていいか」と言うのでOKした。

 中華料理をご馳走することにした。ホテル代以外にはほとんどお金がかからないので、せっかく手に入れたお金の使い道がなかったのだ。

 男女5人がやってきた。みんなヤンゴン大学の卒業生である。彼は物理学科を卒業していた。大学を出ても職が全くないと一様に嘆いていた。日本語を学んで、日系の会社に勤めるのが、一番いい給料をもらえるとも言っていた。その後、彼は日本にやってきて、カレーのチェーン店に何年か勤めた。中古車を1台買って、またミャンマーに帰って行った。「国の将来が気になる」といつも語っていた。

 ミャンマーで軍事政権に反対する大規模なデモが起きている。日本人カメラマンの長井健司さんが撃たれた。逃げまどう群衆の中に彼がいないか気になっている。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。