7/13(金)
「純国産機を飛ばせないニッポン」
友人の前間孝則さんが『日本はなぜ旅客機がつくれないのか』(草思社)という本を書いている。そのプロローグの中でこう指摘している。
「日本の主要産業を見渡すとき、唯一といっていいほど世界のトップレベルに達していないのが航空機産業といえるだろう。日本の航空機産業だけはなぜか『いまだに戦後である』としかいいようがないのである」
前間さんは、石川島播磨重工でジェットエンジンの設計に長い間取り組んできた。その後、技術者の知識を生かし、日本の産業にスポットを当てたノンフィクション作品を数多く発表してきた。『トヨタvsベンツvsホンダ』『技術者たちの敗戦』などだ。
航空機産業がダメになった理由として3つの通説がある。
(1)戦後、GHQによる「生産中止命令」と7年間の空白。その間に技術力が落ちてしまった。
(2)憲法9条の制約で軍用機の生産が出来ずに、産業を発展させられなかった。
(3)欧米では、国家予算で軍用機を開発し、その技術を民間機に転用することで、開発費を補っていた。日本にはそれがない。
しかし、これらは決定的な理由にならないと、前間さんは指摘する。もし、(1)が原因なら、コンピュータや半導体、原子力発電も同じように発展できなかったはずだからだ。それに、日本と同じように「航空禁止」が行われたドイツは、その後、エアバス社の中核をなしている。(2)は民間機には当てはまらず、(3)はカナダのボンバルディア社の例からも否定される。
ボンバルディア社は「スノーモービル」の小さなメーカーだった。それが、船外機や路面電車、地下鉄車両などをつくることで成長し、やがて、経営不振に陥っていた国営の航空機メーカー「カナディア」を買収して、旅客機分野に参入する。1986年のことである。わずか21年前だ。さらに、アメリカや北アイルランドの中小メーカーを買収して規模を拡大させ、いつの間にかボーイング社、エアバス社に次ぐ世界第3位の航空機メーカーに育った。
カナダのボンバルディア社も、ブラジルのエンブラエル社も、最初は30席ほどの小型ジェット機の開発から始めている。それを徐々に大型化させ、100席クラスを生産するようになった。日本のメーカーもその気になれば、同じ道が歩めたはずだ。
あるいは、ヨーロッパの「エアバス社」と同じような共同開発体制を取ることも出来た。アメリカの大手航空機メーカー(ボーイング、ダグラス、ロッキード)に対抗するために、ドイツ、フランスを中心に、イギリス、スペインも協力してつくりあげたものだ。
アジア版「エアバス」が出来なかったのは、政治の問題でもある。韓国、中国との信頼関係のなさが共同歩調の道を閉ざした。歴史教科書問題や靖国問題でこじれている間は、これからも不可能だ。侵略したドイツと侵略されたフランスが手を結んだのとは対照的である。戦後処理を誤った政治の失敗である。
国産化の話が進むと、つねに妨害してきたのは、政治家たちだ。アメリカの航空機メーカーと結び、疑獄事件や汚職事件を起こしてきた。実績を選定条件にすれば、国産機はつくれなくなる。国産機を日本の空に飛ばそうとする情熱がなければ、いつまでも夢はかなえられない。
8日、シアトル郊外で公開されたボーイング787は「準国産機」だという。しかし、私は「純国産機」に乗って空を飛んでみたい。
友人の前間孝則さんが『日本はなぜ旅客機がつくれないのか』(草思社)という本を書いている。そのプロローグの中でこう指摘している。
「日本の主要産業を見渡すとき、唯一といっていいほど世界のトップレベルに達していないのが航空機産業といえるだろう。日本の航空機産業だけはなぜか『いまだに戦後である』としかいいようがないのである」
前間さんは、石川島播磨重工でジェットエンジンの設計に長い間取り組んできた。その後、技術者の知識を生かし、日本の産業にスポットを当てたノンフィクション作品を数多く発表してきた。『トヨタvsベンツvsホンダ』『技術者たちの敗戦』などだ。
航空機産業がダメになった理由として3つの通説がある。
(1)戦後、GHQによる「生産中止命令」と7年間の空白。その間に技術力が落ちてしまった。
(2)憲法9条の制約で軍用機の生産が出来ずに、産業を発展させられなかった。
(3)欧米では、国家予算で軍用機を開発し、その技術を民間機に転用することで、開発費を補っていた。日本にはそれがない。
しかし、これらは決定的な理由にならないと、前間さんは指摘する。もし、(1)が原因なら、コンピュータや半導体、原子力発電も同じように発展できなかったはずだからだ。それに、日本と同じように「航空禁止」が行われたドイツは、その後、エアバス社の中核をなしている。(2)は民間機には当てはまらず、(3)はカナダのボンバルディア社の例からも否定される。
ボンバルディア社は「スノーモービル」の小さなメーカーだった。それが、船外機や路面電車、地下鉄車両などをつくることで成長し、やがて、経営不振に陥っていた国営の航空機メーカー「カナディア」を買収して、旅客機分野に参入する。1986年のことである。わずか21年前だ。さらに、アメリカや北アイルランドの中小メーカーを買収して規模を拡大させ、いつの間にかボーイング社、エアバス社に次ぐ世界第3位の航空機メーカーに育った。
カナダのボンバルディア社も、ブラジルのエンブラエル社も、最初は30席ほどの小型ジェット機の開発から始めている。それを徐々に大型化させ、100席クラスを生産するようになった。日本のメーカーもその気になれば、同じ道が歩めたはずだ。
あるいは、ヨーロッパの「エアバス社」と同じような共同開発体制を取ることも出来た。アメリカの大手航空機メーカー(ボーイング、ダグラス、ロッキード)に対抗するために、ドイツ、フランスを中心に、イギリス、スペインも協力してつくりあげたものだ。
アジア版「エアバス」が出来なかったのは、政治の問題でもある。韓国、中国との信頼関係のなさが共同歩調の道を閉ざした。歴史教科書問題や靖国問題でこじれている間は、これからも不可能だ。侵略したドイツと侵略されたフランスが手を結んだのとは対照的である。戦後処理を誤った政治の失敗である。
国産化の話が進むと、つねに妨害してきたのは、政治家たちだ。アメリカの航空機メーカーと結び、疑獄事件や汚職事件を起こしてきた。実績を選定条件にすれば、国産機はつくれなくなる。国産機を日本の空に飛ばそうとする情熱がなければ、いつまでも夢はかなえられない。
8日、シアトル郊外で公開されたボーイング787は「準国産機」だという。しかし、私は「純国産機」に乗って空を飛んでみたい。
