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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
12/15(金)
「エースは3番目に蹴らせろ」

 「なでしこジャパン」が、アジア大会の決勝戦で北朝鮮に敗れた。延長戦を含めて120分を戦い抜き、0-0のままPK戦にもつれ込んだ。日本の最初のキッカーは沢、日本のエースだ。しかし、失敗。続く安藤も失敗した。

 PK戦で蹴る順番を決めるのは実はなかなかむずかしい。小学生のサッカーチームで技術コーチをしていた経験からいうと、最初に蹴る子は、チームのキャプテンとかエースとかは避けた方がいい。 

 本人に決めなければいけないというプレッシャーがかかるという理由からではない。失敗した場合に、次の子にかかるプレッシャーがより大きくなるからだ。

 一番目に蹴る子は、脳天気な子の方が向いている。成功すればはしゃいでチームの雰囲気を良くし、失敗しても他の子どもたちにあまり影響を与えない。「ああ、やっちゃった」で済むからだ。

 PK戦は最初の5人が蹴り、勝負がつかない場合は、6人目以降が「サドンデス」方式になる。だから、エースやキャプテンはいつも3番目にしていた。最初の2人が失敗してもまだ勝負がつかない状態だから必ず蹴ることが出来る。チームの中で一番うまい子だから、落ち着いてさえいれば、必ず決めてくれる。決めれば、そこで雰囲気がぐっと良くなる。4番目以降だと、最初の3人がすべて失敗し、相手チームが全員成功していた場合、その時点で勝負がついてしまうので蹴らないまま終わってしまう可能性があるからだ。

 蹴る順番は(1)脳天気な子(2)2番目にうまい子(3)エース(キャプテンの場合が多い)(4)4番目にうまい子(5)3番目にうまい子&プレッシャーに強い子、だった。

 実は5番目の子にもプレッシャーがかなりかかる。それまでに勝負がついていない場合、その一蹴りで決まってしまうからだ。だから、5番目の子も、プレッシャーに強い子を選んだ。

 チームはPK戦で負けたことがなかった。実はPKの練習は全くしたことがなかった。練習時間が限られているので、他にたくさん教えることがあったためだ。子どもたちが勝手に練習していたようだ。

 しかし、あまりにもうまいので不思議に思っていた。ある日、練習を終えた後、子どもたちがPKの練習をするのを密かに覗いたことがある。キーパーを立てて順番に並んで蹴るのは普通の光景だが、失敗すると、みんなが「ワー」とか「キャッキャ」とかいって、その子を一斉に取り囲んだ。「すわ、いじめか」と心配していると、輪からは「オー」とか「ヘー」とか言う声の後、大きな笑い声が起きた。

 あとで、あれは何をやっていたのか聞いたところ、「失敗した子は、彼女の名前を言わなければならない」ルールを決めていたらしい。PKがうまくなるわけだ。

 1994年、アメリカで行われたワールドカップ。決勝戦はイタリア対ブラジルだった。やはり120分でも決着がつかず、勝負はPK戦に持ち込まれた。史上初めての決勝戦でのPK戦。一人目、イタリアの守備の要だったバレージが外し、ブラジルのマルシオサントスも外した。一人目にかかる重圧は想像を絶していた。イタリアは4人目のマッサロも外し、エースのロベルト・バッジョにすべてが託された。外せばその時点でブラジルの優勝が決まる。

 しかし、蹴ったボールは、無情にもゴールの上を越えていった。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。