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森啓次郎エッセイ
森啓次郎エッセイ
10/27(金)
「嫌われた世界史」

 世界史が嫌われているらしい。無理もない。今でも大学受験の問題をよく覚えている。古代中国の地図と国名が書かれていて所々に空欄があった。ただの細かさではない。晋、燕、魯、衛、斉・・・見たこともない文字が並んでいた。完全にお手上げだった。大学もこんな問題を出してニヤニヤしていてはいけない。

 そもそも歴史が嫌いだった。国名や地名や人名をたくさん覚えなければならなかったからだ。しかし、大学を浪人したときに開き直った。好きなことだけをやろう。それで受験に失敗したらあきらめようと。

 思い立った翌日、わら半紙に線だけで描いた世界地図を何枚も用意した。そして、「では、今日は1355年」と適当な年数を紙の上に書いた。鉛筆でイギリスを指す。1355年、イギリスでは何が起きていたか、を考えた。蒸気機関は発明されていたか、政治体制はどんなだったか、前後にどんな事件が起きていたか・・・。当然分からないから調べる。

 次にアメリカ大陸を指す。コロンブスはまだアメリカ大陸を「発見」していない。では、誰もいなかったのか。インディアンがいたはずだ。でも、「インディアン」という言葉は西洋人たちが、アメリカ大陸を「インド」と間違えたから名付けたものだ。その前は何と言っていたのか。疑問が次々とわいてきた。

 アフリカ大陸はどうか。高校の教科書には、そのころのアフリカ大陸がどうだったのか、ほとんど書かれていない。次にアジアに移る、ベトナムはどうか。これまた教科書には詳しく書かれていない。仕方なく、本屋に行って各国別の歴史書を探す。大学で使う分厚い歴史書を手に入れたこともある。

 そして、日本。そのころの日本はどんな状況だったのか。鎌倉か室町か、元寇はもう攻めてきたのか。大きく日本地図を描いたわら半紙も用意していた。1355年の北海道はどうなっていた。沖縄は。東北は。次々自分に問いかけた。

 毎日、設定する年代を替えていく。「今日は845年」「今日は1810年」といった具合だ。結局、大学受験は、古代中国の問題を全部捨て、他のところで点数を稼いで合格した。

 世界史は、細かい地名や名前を覚える学問ではない。歴史は何によって変化し、それがまた人間の生活にどういう影響を与えてきたのか、さらには、国同士の歴史がいつから交錯するようになったのか、それによって、世界はどう躍動してきたのか。日本の歴史と世界の歴史とを対置することで、より深く日本を知ることができる。どこに共通点があり、どこに独自の展開があるのか。日本史と世界史は実は一緒に学ばなければ意味がない。

 ところで、日本中の多くの高校で世界史などの必修科目が外されていたという。

 元凶は、2002年度から導入された「週5日制」である。2002年に入学した高校生だけではなく、2000年4月に高校入学した生徒も、3年生になったときに影響を受けたから、6年前から対策が取られてきたはずだ。少ない時間で進学率をあげるために、受験科目だけを教えるようにしたらしい。

 見て見ぬふりをしていた教育委員会、知らないふりをしてビックリしている文部科学省、「ゆとり教育」の名の下に何のビジョンもなく週5日制を推進した中央教育審議会・・・みんな同罪である。
レギュラー出演者
森 啓次郎
森 啓次郎
「Asahiパソコン」「ぱそ」「週刊朝日」編集長を経て、現在、大学講師(メディア論)。