
3/27(金)
「モザイク人間」と「なりすまし人間」
テレビ界には「モザイク人間」が横行している。顔にモザイクがかけられ、声にまで「モザイク」がかけられる。そして、業界の裏側を証言する。独特のこもっただみ声が真実味を振りまいている。
ところが、日本テレビの報道番組「真相報道バンキシャ!」で、岐阜県の裏金づくりの証言者が、虚偽の証言をしたとして「偽計業務妨害」の疑いで逮捕された。この容疑者は、4年前にも同じ番組で「ネットでバイアグラ購入の体験談」をしゃべっていた。さらに、テレビ朝日の報道番組「スーパーモーニング」にも、2度出演していた。この時は「建設会社役員」として、耐震強度偽装問題について証言していた。
都合よく現れた証言者。何としても「絵がほしい」プロデューサーは、十分な裏付け調査を行うことなく飛びついてしまった。番組取材班が、インターネットのサイトを使って取材協力者、出演者募集をしていたというから驚きだ。謝礼も1万円ほどが支払われていた。報道番組が報道局の記者たちによってではなく、番組制作会社によって作られているのも問題だ。「報道」には、高い倫理性が求められるのに、全く記者経験のない人間が報道番組に携わっていた危険があった。
まず、インターネットで応募してきた人を「安易に」受け入れる感覚が記者とは違う。記者ならば、自分の取材によって証言者を捜す。インターネット自体は、個人が自分の意見を発信できる優れたメディアだが、中には無責任な情報を流す人もいる。単なるうわさ話を気楽に「記事」にする人もいる。それを読んだ人間が、いかにも自分で調べたかのように、また広める。伝言ゲームのように、うわさがいつの間にか「真実」に替わることもある。インターネット全体に流れている、そうした「安易さ」が応募する側にもあったに違いない。「証言者募集します」に、そうした危険性があることを認識していなかったのだろうか。
また、古い情報が堂々と流れている。インターネットで調べた「青山にある隠れ家的カフェ」を訪ねていったが、とっくの昔に潰れていた。更新や削除がなされない限り、「過去の話」が「現在の話」として送り続けられている危うさもある。
今回の問題では、インターネットの安易さに、「モザイク」に隠れた匿名性の危うさが加わり、それに謝礼が絡んで、お金ほしさに「なりすまし人間」が現れた。
危ういのはテレビ界だけではない。「週刊新潮」が連載した「朝日新聞阪神支局襲撃犯の告白」もこれに近い。犯人を名乗る人物の売り込みに、裏付け調査をきちんとすることなく乗ってしまった。前にも書いたが、本人を警察に連れて行き、「犯人しか知り得ない事実」の突き合わせをおこなってから発表されるべきだった。安易な報道は、ジャーナリズムの信用を失墜させるだけだ。
「思いこみ厳禁」が記者の第1カ条だ。無心で取材を進めると、「思いもしなかった意外な事実に辿り着く」ことがよくあった。しかし、予断を持って取材をすると、都合のいいものだけにしか目がいかなくなる。人の話もきちんと聞かなくなって、誤報が起きる。
ところで、このエッセイも今回が最後。339回、約7年間書き続けたことになる。読者の皆さま、ありがとうございました。
テレビ界には「モザイク人間」が横行している。顔にモザイクがかけられ、声にまで「モザイク」がかけられる。そして、業界の裏側を証言する。独特のこもっただみ声が真実味を振りまいている。
ところが、日本テレビの報道番組「真相報道バンキシャ!」で、岐阜県の裏金づくりの証言者が、虚偽の証言をしたとして「偽計業務妨害」の疑いで逮捕された。この容疑者は、4年前にも同じ番組で「ネットでバイアグラ購入の体験談」をしゃべっていた。さらに、テレビ朝日の報道番組「スーパーモーニング」にも、2度出演していた。この時は「建設会社役員」として、耐震強度偽装問題について証言していた。
都合よく現れた証言者。何としても「絵がほしい」プロデューサーは、十分な裏付け調査を行うことなく飛びついてしまった。番組取材班が、インターネットのサイトを使って取材協力者、出演者募集をしていたというから驚きだ。謝礼も1万円ほどが支払われていた。報道番組が報道局の記者たちによってではなく、番組制作会社によって作られているのも問題だ。「報道」には、高い倫理性が求められるのに、全く記者経験のない人間が報道番組に携わっていた危険があった。
まず、インターネットで応募してきた人を「安易に」受け入れる感覚が記者とは違う。記者ならば、自分の取材によって証言者を捜す。インターネット自体は、個人が自分の意見を発信できる優れたメディアだが、中には無責任な情報を流す人もいる。単なるうわさ話を気楽に「記事」にする人もいる。それを読んだ人間が、いかにも自分で調べたかのように、また広める。伝言ゲームのように、うわさがいつの間にか「真実」に替わることもある。インターネット全体に流れている、そうした「安易さ」が応募する側にもあったに違いない。「証言者募集します」に、そうした危険性があることを認識していなかったのだろうか。
また、古い情報が堂々と流れている。インターネットで調べた「青山にある隠れ家的カフェ」を訪ねていったが、とっくの昔に潰れていた。更新や削除がなされない限り、「過去の話」が「現在の話」として送り続けられている危うさもある。
今回の問題では、インターネットの安易さに、「モザイク」に隠れた匿名性の危うさが加わり、それに謝礼が絡んで、お金ほしさに「なりすまし人間」が現れた。
危ういのはテレビ界だけではない。「週刊新潮」が連載した「朝日新聞阪神支局襲撃犯の告白」もこれに近い。犯人を名乗る人物の売り込みに、裏付け調査をきちんとすることなく乗ってしまった。前にも書いたが、本人を警察に連れて行き、「犯人しか知り得ない事実」の突き合わせをおこなってから発表されるべきだった。安易な報道は、ジャーナリズムの信用を失墜させるだけだ。
「思いこみ厳禁」が記者の第1カ条だ。無心で取材を進めると、「思いもしなかった意外な事実に辿り着く」ことがよくあった。しかし、予断を持って取材をすると、都合のいいものだけにしか目がいかなくなる。人の話もきちんと聞かなくなって、誤報が起きる。
ところで、このエッセイも今回が最後。339回、約7年間書き続けたことになる。読者の皆さま、ありがとうございました。
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