
またも年金が争点化
「年金を『政争の具』にしないでいただきたい」
5月30日の「党首討論」の最後、安倍首相は気色ばんでこう言った。約45分間の質疑のすべてを「年金問題」に充てた小沢民主党代表に対し、首相は終始、いら立ちを隠せなかった。
確かに安倍首相は、93年の初当選時から、「安心できる年金制度の構築」を掲げて、社労族として国会で汗を流してきた。とりわけ近年は、党社会部会長や厚生労働委員会理事として、年金制度改革の先頭に立ってきたはずだ。その安倍首相がなぜ、「年金問題」から逃れようとするのだろうか。
実は過去、自民党が民主党に敗れた国政選挙には一つの“法則”がある。国民生活に直結した問題が争点になった場合、自民党はことごとく負けているのだ。
前回04年の参院選は、小泉総裁=安倍幹事長という最強の布陣で臨んだが、年金未納問題が影響し、大敗を喫した。同じ問題で小沢氏が党首選立候補を辞退するなどゴタゴタ続きだった民主党に対してである。
さらに「年金問題」に議題設定された03年の総選挙(小泉政権)も、恒久減税論議が混乱を招いて退陣に至った98年の参院選(橋本政権)も、同様なのだ。
安倍政権は、発足当初から、こうしたデータを気に留めていた。そのため「憲法」「教育」「公務員改革」を政治主題に掲げ「年金問題」に国民の目が向くのを防ごうとしてきた。つまり、参院選を前に安倍政権は、「年金問題」の争点化を避けようという魂胆だったのである。
しかし、事はうまく運ばない。5月、5千万件以上の年金記録が宙に浮いている問題が発覚して、安倍政権は大混乱に陥る。直後の世論調査では支持率が急落し、松岡前農水相が自殺するという前代未聞の事態が、追い打ちをかけた。
慌てた官邸は、民主党に責任を転嫁しようと、「年金記録の紛失は、菅直人厚生相当時の失政」という趣旨のビラを作り、反撃を試みる。そして、安倍首相自らも会見で同様のことを述べたが、逆に世論の反発に遭ってしまった。
3年前の参院選で、民主党を勝利に導いた岡田克也副代表(当時代表)は「『年金問題』を、政争の具に使っているのはむしろ安倍首相の方ではないでしょうか」と反論する。
その選挙での敗北の責任をとり、役職を辞したのが当時の安倍幹事長である。安倍首相ほど、「年金問題」の怖さが身にしみている政治家はいない。
今月、自民党は方針を転換して、「公約」(マニフェスト)に「年金問題」を入れた。わずか4時間という審議で衆議院を通過した「年金救済法案」は参議院で審議中だが、1400万件以上の新たな未統合記録が発覚し、安倍政権は再び窮地に立たされている。
まるでデジャビュ(既視感)である。このまま「年金問題」が選挙の争点になれば、安倍首相にとってまた厳しい夏となるだろう。
(朝日新聞be、2007年6月16日掲載)
5月30日の「党首討論」の最後、安倍首相は気色ばんでこう言った。約45分間の質疑のすべてを「年金問題」に充てた小沢民主党代表に対し、首相は終始、いら立ちを隠せなかった。
確かに安倍首相は、93年の初当選時から、「安心できる年金制度の構築」を掲げて、社労族として国会で汗を流してきた。とりわけ近年は、党社会部会長や厚生労働委員会理事として、年金制度改革の先頭に立ってきたはずだ。その安倍首相がなぜ、「年金問題」から逃れようとするのだろうか。
実は過去、自民党が民主党に敗れた国政選挙には一つの“法則”がある。国民生活に直結した問題が争点になった場合、自民党はことごとく負けているのだ。
前回04年の参院選は、小泉総裁=安倍幹事長という最強の布陣で臨んだが、年金未納問題が影響し、大敗を喫した。同じ問題で小沢氏が党首選立候補を辞退するなどゴタゴタ続きだった民主党に対してである。
さらに「年金問題」に議題設定された03年の総選挙(小泉政権)も、恒久減税論議が混乱を招いて退陣に至った98年の参院選(橋本政権)も、同様なのだ。
安倍政権は、発足当初から、こうしたデータを気に留めていた。そのため「憲法」「教育」「公務員改革」を政治主題に掲げ「年金問題」に国民の目が向くのを防ごうとしてきた。つまり、参院選を前に安倍政権は、「年金問題」の争点化を避けようという魂胆だったのである。
しかし、事はうまく運ばない。5月、5千万件以上の年金記録が宙に浮いている問題が発覚して、安倍政権は大混乱に陥る。直後の世論調査では支持率が急落し、松岡前農水相が自殺するという前代未聞の事態が、追い打ちをかけた。
慌てた官邸は、民主党に責任を転嫁しようと、「年金記録の紛失は、菅直人厚生相当時の失政」という趣旨のビラを作り、反撃を試みる。そして、安倍首相自らも会見で同様のことを述べたが、逆に世論の反発に遭ってしまった。
3年前の参院選で、民主党を勝利に導いた岡田克也副代表(当時代表)は「『年金問題』を、政争の具に使っているのはむしろ安倍首相の方ではないでしょうか」と反論する。
その選挙での敗北の責任をとり、役職を辞したのが当時の安倍幹事長である。安倍首相ほど、「年金問題」の怖さが身にしみている政治家はいない。
今月、自民党は方針を転換して、「公約」(マニフェスト)に「年金問題」を入れた。わずか4時間という審議で衆議院を通過した「年金救済法案」は参議院で審議中だが、1400万件以上の新たな未統合記録が発覚し、安倍政権は再び窮地に立たされている。
まるでデジャビュ(既視感)である。このまま「年金問題」が選挙の争点になれば、安倍首相にとってまた厳しい夏となるだろう。
(朝日新聞be、2007年6月16日掲載)

