
No.60 米住宅2公社への“早期”公的資金注入が不可能な理由
いかなる企業も損失を生じ、赤字に転落しただけでは倒産しない。理屈の上では、たとえ債務超過に陥ったとしても、株価が暴落して無価値に近づいたとしても、資金繰りがつきさえすれば倒産しない。
しかし、現実には、実質破綻を疑われるような企業は、資金繰りのためのファイナンスなどできない。お金を貸してくれる銀行などないし、債券を発行しても買ってくれる投資家はいない。増資に応じてくれる投資家もいない。それどころか、債権者は必死の回収を図り、株主は株式を投売りし、それがますますその企業を追い詰めていき、資金繰りがショートしてしまう。
その倒産の危機に瀕した(と市場から見られている)企業を、何らかの理由で救わなければならないとする。それには、施策の順番がある。この順番を間違うと、ステークホルダーたちの間で混乱を生じて救えるものも救えなくなる。
第一に、流動性の供給手段を確保しなければならない。そうして資金繰りを保っておいて、第二に、大きく毀損しているであろう資本を注入、増強する段階に進む。このとき重要かつ難しいのは、資本注入の前提となる損失の確定と資本の必要額の算定である。第三に、その企業の経営、事業、組織の改革に入る。この段階では、経営責任や株主責任の明確化が必要になる。
米国政府が、米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と米連邦住宅貸付抵当公社(フレデイマック)の緊急救済措置を発表した。FRBによる緊急融資と公的資金による資本注入の検討である。
2公社の経営が悪化したのは、サブプライムローン問題で混乱、急落を続ける住宅ローン市場を救うために住宅ローンや証券化商品の買い取りを拡大したためだ。2008年第1四半期末で、2公社は米国の住宅ローン債権残高合計11兆2000億ドルの約43%を保有している。5兆ドルにも上る保有債権だけとっても、2公社の住宅ローン市場における重要な役割とともに巨額の不良債権を抱えているだろうことは、容易に想像できる。
企業の信用不安は、不信渦巻く市場で誰がそれを表明し、共鳴現象を起こすことで大波となる。今回は、リーマンブラザーズが「合計8兆円の増資が必要」とレポートで分析、そこにプール前セントルイス連銀総裁が「両社が破綻常態と述べた」、あるいはニューヨークタイムスが「政府は国有化を検討している」などと報じたために、信用不安が突如増幅し、株価は暴落し、債券入札が不可能になる恐れ――つまり、資金繰り不安が生じた。それが現実化すれば、破綻もありうるのは冒頭に述べた通りである。
だから、ポールソン財務長官はまず、FRBによる緊急の流動性供給の枠組みを用意した。これは、住宅ローン市場において最重要の役割を果たしている2公社を倒産させないという事実上の宣言であり、同時に最優先されるべき実効性のある措置を取ったと評価できる。
だが、第二段階に進むのは、二つの理由から非常に難しい。
ひとつには、資本注入の前提となる損失の確定と資本注入額の算定は、現時点では不可能であるからだ。なぜなら、住宅ローン市場は悪化している最中にある。証券化商品の価格が日々変動するなかで、損失など確定できるものではない。従って、必要な資本注入額も算定できない。強引に確定して、その後に損失が拡大して追加出資が必要にでもなれば、政府の信任が失われる。緊急救済措置声明が、資本注入の時期や規模には触れず、立法措置を巡って議会との調整が残ることを認めたのは、当然である。
もう一つには、公的資金を投入するともなれば、その適正な利回りや期間も算出しなければならいのだが、そうした検討を重ねる課程で、責任論が先だという声が噴出し、批判が経営者、株主、政府までに及び、第二段階で行うべき議論と第三段階のそれが錯綜して、収拾がつかなくなる恐れがある。それは日本がかって経験したことで、米国とて変わりはない。
では、ポールソン長官は、市場に押し込められてやむなく明確な問題解決の見通しが立たない緊急措置を発表せざるを得なかったのか。あるいは、資本注入の難しさを十分に承知していて、導入の道筋だけをつけられれば市場に安心感を与えられる、と踏んだのだろうか。
日米ともにメデイアは圧倒的に前者の立場を取っている。米国メデイアは足元の混乱で危機感が募り、日本メデイアは一九九〇年代の日本の既視感から加熱し、市場がその報道に過剰反応する悪循環のようにも見える。
例えば、ニューヨークタイムスは、政府が2公社の国有化を検討していると報じ、政府が否定すると、市場は失望して株価は下げた。しかし、少しでも冷静に考えれば、日本のGDPに匹敵する5兆ドルもの債権を抱え、社債も米国債発行規模の3割強にあたる1兆6000ドル強を発行するあまりに巨大な組織を、国有化できるスキームなど容易に構築できるわけがない。不用意に踏み出したら、財政が標的にされ、ドルの信認が大きく揺らいでしまう。
また、日本のメデイアは、03年にりそなグループへ公的資金を資本注入することで救済、事実上国有化したことで市場に安心を与え、日本株が反転したことを引き合いに出している。だが、それは正確さを欠く。それまで長い時間をかけていた日本の金融機関の不良債権処理が最終段階に至り、また、景気も回復期に入っていた時期にたまたま重なっていたに過ぎない。それが後から振り返った判明した事実である。
メデイアと市場は少なからず度を失って、一挙的解決方法を求め、その実現度も十分に検証せず、公的資本注入に傾きすぎてはいないだろうか。深刻極まると伝えられる住宅市場について、まったく違う見立てもある。7月14日付け米高級金融誌であるバロンズ誌は、「住宅市場の底入れ間近」という巻頭特集を組み、底入れを示唆する住宅関連指標が増えていると指摘している。
メイインプレイヤーに生命維持装置はつけた。市場に潜む病巣の大きさ、種類、位置を見極められなければ、適切な手術方法は決められまい(敬称略、辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)。
しかし、現実には、実質破綻を疑われるような企業は、資金繰りのためのファイナンスなどできない。お金を貸してくれる銀行などないし、債券を発行しても買ってくれる投資家はいない。増資に応じてくれる投資家もいない。それどころか、債権者は必死の回収を図り、株主は株式を投売りし、それがますますその企業を追い詰めていき、資金繰りがショートしてしまう。
その倒産の危機に瀕した(と市場から見られている)企業を、何らかの理由で救わなければならないとする。それには、施策の順番がある。この順番を間違うと、ステークホルダーたちの間で混乱を生じて救えるものも救えなくなる。
第一に、流動性の供給手段を確保しなければならない。そうして資金繰りを保っておいて、第二に、大きく毀損しているであろう資本を注入、増強する段階に進む。このとき重要かつ難しいのは、資本注入の前提となる損失の確定と資本の必要額の算定である。第三に、その企業の経営、事業、組織の改革に入る。この段階では、経営責任や株主責任の明確化が必要になる。
米国政府が、米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と米連邦住宅貸付抵当公社(フレデイマック)の緊急救済措置を発表した。FRBによる緊急融資と公的資金による資本注入の検討である。
2公社の経営が悪化したのは、サブプライムローン問題で混乱、急落を続ける住宅ローン市場を救うために住宅ローンや証券化商品の買い取りを拡大したためだ。2008年第1四半期末で、2公社は米国の住宅ローン債権残高合計11兆2000億ドルの約43%を保有している。5兆ドルにも上る保有債権だけとっても、2公社の住宅ローン市場における重要な役割とともに巨額の不良債権を抱えているだろうことは、容易に想像できる。
企業の信用不安は、不信渦巻く市場で誰がそれを表明し、共鳴現象を起こすことで大波となる。今回は、リーマンブラザーズが「合計8兆円の増資が必要」とレポートで分析、そこにプール前セントルイス連銀総裁が「両社が破綻常態と述べた」、あるいはニューヨークタイムスが「政府は国有化を検討している」などと報じたために、信用不安が突如増幅し、株価は暴落し、債券入札が不可能になる恐れ――つまり、資金繰り不安が生じた。それが現実化すれば、破綻もありうるのは冒頭に述べた通りである。
だから、ポールソン財務長官はまず、FRBによる緊急の流動性供給の枠組みを用意した。これは、住宅ローン市場において最重要の役割を果たしている2公社を倒産させないという事実上の宣言であり、同時に最優先されるべき実効性のある措置を取ったと評価できる。
だが、第二段階に進むのは、二つの理由から非常に難しい。
ひとつには、資本注入の前提となる損失の確定と資本注入額の算定は、現時点では不可能であるからだ。なぜなら、住宅ローン市場は悪化している最中にある。証券化商品の価格が日々変動するなかで、損失など確定できるものではない。従って、必要な資本注入額も算定できない。強引に確定して、その後に損失が拡大して追加出資が必要にでもなれば、政府の信任が失われる。緊急救済措置声明が、資本注入の時期や規模には触れず、立法措置を巡って議会との調整が残ることを認めたのは、当然である。
もう一つには、公的資金を投入するともなれば、その適正な利回りや期間も算出しなければならいのだが、そうした検討を重ねる課程で、責任論が先だという声が噴出し、批判が経営者、株主、政府までに及び、第二段階で行うべき議論と第三段階のそれが錯綜して、収拾がつかなくなる恐れがある。それは日本がかって経験したことで、米国とて変わりはない。
では、ポールソン長官は、市場に押し込められてやむなく明確な問題解決の見通しが立たない緊急措置を発表せざるを得なかったのか。あるいは、資本注入の難しさを十分に承知していて、導入の道筋だけをつけられれば市場に安心感を与えられる、と踏んだのだろうか。
日米ともにメデイアは圧倒的に前者の立場を取っている。米国メデイアは足元の混乱で危機感が募り、日本メデイアは一九九〇年代の日本の既視感から加熱し、市場がその報道に過剰反応する悪循環のようにも見える。
例えば、ニューヨークタイムスは、政府が2公社の国有化を検討していると報じ、政府が否定すると、市場は失望して株価は下げた。しかし、少しでも冷静に考えれば、日本のGDPに匹敵する5兆ドルもの債権を抱え、社債も米国債発行規模の3割強にあたる1兆6000ドル強を発行するあまりに巨大な組織を、国有化できるスキームなど容易に構築できるわけがない。不用意に踏み出したら、財政が標的にされ、ドルの信認が大きく揺らいでしまう。
また、日本のメデイアは、03年にりそなグループへ公的資金を資本注入することで救済、事実上国有化したことで市場に安心を与え、日本株が反転したことを引き合いに出している。だが、それは正確さを欠く。それまで長い時間をかけていた日本の金融機関の不良債権処理が最終段階に至り、また、景気も回復期に入っていた時期にたまたま重なっていたに過ぎない。それが後から振り返った判明した事実である。
メデイアと市場は少なからず度を失って、一挙的解決方法を求め、その実現度も十分に検証せず、公的資本注入に傾きすぎてはいないだろうか。深刻極まると伝えられる住宅市場について、まったく違う見立てもある。7月14日付け米高級金融誌であるバロンズ誌は、「住宅市場の底入れ間近」という巻頭特集を組み、底入れを示唆する住宅関連指標が増えていると指摘している。
メイインプレイヤーに生命維持装置はつけた。市場に潜む病巣の大きさ、種類、位置を見極められなければ、適切な手術方法は決められまい(敬称略、辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)。

