
No.57 秋葉原事件で動く「労働者派遣法改正」に欠落する論点
秋葉原通り魔殺人事件の加藤智大容疑者は、人材派遣会社・日研総業株式会社の社員として、関東自動車東富士工場の塗装ラインに派遣されていた。
5月21日に突然、関東自動車は日研総業に文書で150人の解約を通知、来年3月まで働けるはずが、この6月末にクビになることになってしまった。加藤容疑者は契約解約の対象ではなかったとも言われるが、”つなぎ事件“での彼の激しい反応は、派遣労働者の解約への異様な恐怖、怯えを感じさせる。
派遣先を点々とする間に、肉親や友人だけでなく社会とのさまざまな関係性が断ち切られ、孤立内向していく――。とりわけメーカーの住み込み派遣が、詐欺同然といえるほど募集条件とは大きく異なる低賃金、重労働が横行している――。取り扱われ方は、正社員と比べ差別的、侮蔑的である――。それでも、その最低の生活を維持するために、派遣労働者は忍従する以外にない――。だから、派遣契約の唐突な解約は、残酷極まりない絶望感を派遣社員に与える――。
こうした違法と悲惨の実態は、今やさまざまな報道によって知られている。だからこそ、加藤容疑者の犯行に対して、派遣という労働形態が何らかの要因として働いたのではないか、と即座にメデイアは反応した。貧困問題が社会を不安定化させるという指摘は、こういう事態のことだったのかと多くの人が感じた。
政府の反応も速かった。町村官房長官は雇用問題との関係に触れ、舛添厚労相は、「日雇い派遣の原則禁止を派遣労働法改正に盛り込む。対象は、通訳などの職種に限定したい」と断言した。野党4党の改正案も、そでに出揃った。
では、何が変わるのだろうか。ここでは、それぞれの改正案を論評しないかわりに、論点となるポイントを二つ挙げたい。
「反貧困」(岩波新書)の著者である湯浅誠氏は、「派遣労働においてもっとも問題なのは、低賃金でも雇用が不安定であることでもなく、労働者が何の発言も抵抗もできずに、ひたすら隷属してしまうことある。派遣労働者は、工場の前で労働者としての権利、生存権を置き去りにしてから、入る」と言う。
派遣労働者が、日々の労働のなかで圧倒的弱者の立場に甘んじているのはなぜか。昨年来問題になったグッドウイルの「データ費徴収」のように、派遣会社の違法な搾取に抵抗できないのはどうしてか。それは、単純労働従事者だからである。いくらでも労働者の代替が効く職種だから、仕事を失う恐怖に縛られてしまうのである。
とすれば、派遣労働の職種が拡大緩和された1999年以前に戻って、通訳などの専門のスキルを持った、雇用主に対して対等な立場に立てる職種に限定する、という規制が必要になる。その点では、舛添厚労相の判断は正しい。
だが、今やあらゆる分野・職種に広がってしまった派遣労働を、時代を巻き戻すように絞り込むのは極めて難しい。財界はいっせいに反発するだろう。また、政府とて舛添・厚労省の考えでまとまるとは限らない。それどころか、大臣の意向を平気で無視した通達を出す面従腹背の典型官庁が、厚労省なのである。
比較すれば、もうひとつの改正点のほうがまだ実現性があるかもしれない。
派遣会社が徴収する「中間マージン」の規制である。派遣会社による違法で巧妙な搾取は後を絶たない。それが、派遣という労働形態に付きまとう必然であり、派遣労働を制限できないのであれば、適切な中間マージンを厳格に規定して、派遣会社のピンはねを封じるのである。貸金業法を改正して上限金利を下げたのと同様の発想である(この上限規制について、最近にわかに批判が増えだした。来週当コラムで取り上げたい)。
「日雇い派遣原則禁止」に対しては、財界や派遣業界から「日雇いで働きたいというニーズが労働側にもある」という反論がある。そうかもしれない。だが、「日雇い」部分にニーズがあるなら、「日雇いの直接雇用」にすればよい。また、中間マージンを規制することへの反論にはなるまい。問題は、派遣という間接雇用構造にあるのだ。
ただし、仮に、中間マージン規制などが導入されたとしても、派遣会社が守るかどうかは別問題である。実は、厚労省は、「派遣先が派遣契約期間の満了する前に派遣労働者を解約する場合、派遣先は派遣先の関連会社で就業を斡旋しなければならない」という通達を出している。
先の事件で言えば、関東自動車は自社のグループ関連会社において、150人の就業を斡旋しなければならなかったのである。だが、関東自動車がそうした努力をした形跡はない。どんなに調べても、コスト調整のために派遣労働者を雇うメーカー系の派遣先企業が上記通達に従ったケースなど、皆無であろう。
法改正する以上に、それを遵守させることのほうが難しい。(敬称略、辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)
5月21日に突然、関東自動車は日研総業に文書で150人の解約を通知、来年3月まで働けるはずが、この6月末にクビになることになってしまった。加藤容疑者は契約解約の対象ではなかったとも言われるが、”つなぎ事件“での彼の激しい反応は、派遣労働者の解約への異様な恐怖、怯えを感じさせる。
派遣先を点々とする間に、肉親や友人だけでなく社会とのさまざまな関係性が断ち切られ、孤立内向していく――。とりわけメーカーの住み込み派遣が、詐欺同然といえるほど募集条件とは大きく異なる低賃金、重労働が横行している――。取り扱われ方は、正社員と比べ差別的、侮蔑的である――。それでも、その最低の生活を維持するために、派遣労働者は忍従する以外にない――。だから、派遣契約の唐突な解約は、残酷極まりない絶望感を派遣社員に与える――。
こうした違法と悲惨の実態は、今やさまざまな報道によって知られている。だからこそ、加藤容疑者の犯行に対して、派遣という労働形態が何らかの要因として働いたのではないか、と即座にメデイアは反応した。貧困問題が社会を不安定化させるという指摘は、こういう事態のことだったのかと多くの人が感じた。
政府の反応も速かった。町村官房長官は雇用問題との関係に触れ、舛添厚労相は、「日雇い派遣の原則禁止を派遣労働法改正に盛り込む。対象は、通訳などの職種に限定したい」と断言した。野党4党の改正案も、そでに出揃った。
では、何が変わるのだろうか。ここでは、それぞれの改正案を論評しないかわりに、論点となるポイントを二つ挙げたい。
「反貧困」(岩波新書)の著者である湯浅誠氏は、「派遣労働においてもっとも問題なのは、低賃金でも雇用が不安定であることでもなく、労働者が何の発言も抵抗もできずに、ひたすら隷属してしまうことある。派遣労働者は、工場の前で労働者としての権利、生存権を置き去りにしてから、入る」と言う。
派遣労働者が、日々の労働のなかで圧倒的弱者の立場に甘んじているのはなぜか。昨年来問題になったグッドウイルの「データ費徴収」のように、派遣会社の違法な搾取に抵抗できないのはどうしてか。それは、単純労働従事者だからである。いくらでも労働者の代替が効く職種だから、仕事を失う恐怖に縛られてしまうのである。
とすれば、派遣労働の職種が拡大緩和された1999年以前に戻って、通訳などの専門のスキルを持った、雇用主に対して対等な立場に立てる職種に限定する、という規制が必要になる。その点では、舛添厚労相の判断は正しい。
だが、今やあらゆる分野・職種に広がってしまった派遣労働を、時代を巻き戻すように絞り込むのは極めて難しい。財界はいっせいに反発するだろう。また、政府とて舛添・厚労省の考えでまとまるとは限らない。それどころか、大臣の意向を平気で無視した通達を出す面従腹背の典型官庁が、厚労省なのである。
比較すれば、もうひとつの改正点のほうがまだ実現性があるかもしれない。
派遣会社が徴収する「中間マージン」の規制である。派遣会社による違法で巧妙な搾取は後を絶たない。それが、派遣という労働形態に付きまとう必然であり、派遣労働を制限できないのであれば、適切な中間マージンを厳格に規定して、派遣会社のピンはねを封じるのである。貸金業法を改正して上限金利を下げたのと同様の発想である(この上限規制について、最近にわかに批判が増えだした。来週当コラムで取り上げたい)。
「日雇い派遣原則禁止」に対しては、財界や派遣業界から「日雇いで働きたいというニーズが労働側にもある」という反論がある。そうかもしれない。だが、「日雇い」部分にニーズがあるなら、「日雇いの直接雇用」にすればよい。また、中間マージンを規制することへの反論にはなるまい。問題は、派遣という間接雇用構造にあるのだ。
ただし、仮に、中間マージン規制などが導入されたとしても、派遣会社が守るかどうかは別問題である。実は、厚労省は、「派遣先が派遣契約期間の満了する前に派遣労働者を解約する場合、派遣先は派遣先の関連会社で就業を斡旋しなければならない」という通達を出している。
先の事件で言えば、関東自動車は自社のグループ関連会社において、150人の就業を斡旋しなければならなかったのである。だが、関東自動車がそうした努力をした形跡はない。どんなに調べても、コスト調整のために派遣労働者を雇うメーカー系の派遣先企業が上記通達に従ったケースなど、皆無であろう。
法改正する以上に、それを遵守させることのほうが難しい。(敬称略、辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)

