
No.55 米銀と邦銀――
金融危機の修羅場における資本調達力の圧倒的格差
米国戦後最悪の金融不安を引き起こしたサブプライムローン問題は危険水域を脱し、金融機関の損失処理は最終段階に入った。
4月11日、米国ワシントンで開かれたG7は鳩首会議さながらで、有効な危機対応策を打ち出せず、金融秩序回復の道のりは遠いとしか思えなかった。
ドイツ銀行のアッカーマンCEOが居並ぶ各国の財務相たちに、損失拡大の一因となっている時価会計の適用を一時停止する緊急避難措置(サーキット・ブレイカー)を求めたほど、欧米の巨大金融機関は動揺を隠していなかった。
だが、それから2ヶ月もたたない現在、もはや金融危機を口にするものはいない。じわじわと株価は上昇し始めた。景気の先行きには暗い影を投げかけているが、誰しもがサブプライム問題は最悪期を抜け出したと考えている。
それはなぜだろうか。2ヶ月の間に、何がどう変化したのだろうか。
答えは、ポールソン米財務長官が繰り返し強調し続けた「最優先で取り組むべき課題は、損失の確定と資本調達だ」という発言にある。金融を少しでも知る者にとってはあまりに当たり前の指摘だろう。だが、未曾有の危機に際して実行してのける官民の力量は、決して「当たり前」ではない。付け加えれば、日本のメデイアや識者が声高に叫んだ公的資金の資本注入など、彼は一切口にしなかった。
今回の金融不安の根をひと言で表現すれば、「証券化商品市場が突然消滅した」ことにある。
激しい信用収縮による資金調達の急激な悪化によって、買い手がいっせいに消えた。サブプライム住宅ローン債権を組み入れた証券化商品に止まらず、あらゆる証券化商品の売買が急減、スプレッドは急上昇、価格は暴落し続けた。
それは、「市場が消滅した」と表現してもいいほどの底値が見えない急落だった。市場が大きくオーバーシュートしているときに保有する証券化商品の時価評価を行えば、その商品の本来的価値(ファンダメンタルバリュー)から大きく乖離、低下し、場合によってはゼロに近づいてしまう。あまりの異常事態に、アッカーマン・ドイツ銀行CEOが思わず緊急避難措置を求めたのも無理はない。
だが、市場はいつまでも消えたままではない。価格も果てしなく落ち続けるわけではない。いつか、必ず反転する。ここで、「損失の確定と資本調達」というポールソン米財務長官の言葉を思い出してほしい。
商品価格の軌跡を、ボールを床に落とす場合に例えてみよう。理想的なのは、ボールが床に着いた時点つまり最安値で保有資産の時価評価を行うことである。これで、完全に損失が確定し、追加損失の恐怖から解放される。
問題は、その損失に対する引当金の計上にキャピタルベースが耐えられるか否かである。耐えられなければ債務超過で、破綻してしまう。米系投資銀行はなりふりかまわず、オイルマネー、チャイナマネーを取りまくり、日本のみずほグループまでに手を伸ばした。
現実の市場はどう推移しただろうか。米評価会社のMarkit社は、サブプライムローンを裏づけ資産とする債券から算出したインデックスを公表している。それによれば、2007年10月を100とした場合、AAAは08年3月末に55まで落ちた後、反転している。また、AAも25まで落ちたが、その後は横這っている。
世界最大級の資産運用会社である米ブラックロックは、サブプライムローン関連資産の購入、管理に積極的に動き出した。追随する動きは多々ある。買い手が増え始め、底値が発見され、反発が始まっている。
つまり、資本不足をもっとも懸念されたシテイを初めとする投資銀行群は、底値での時価評価=想定される最大の損失額に耐えられるほどの資本調達に成功し、経営危機を克服したのである。ポールソン長官の提示した最優先課題を見事にクリアしたわけだ。今後はボールが床からどこまで跳ね返るか、その価格の回復部分を引当金の戻り、つまり収益として期待できる段階に移る。
明らかに、状況は変わった。ベア・スターンズなど一部破綻は起きたが、米国の金融システムは危機に耐え切ったのである。彼らに公的資金は、必要なかった。
思い起こされるのは、東京三菱銀行(当時)によるUFJ銀行(同)の買収である。UFJは不良債権の損失処理額が、キャピタルベースで耐えられなかった。だが、その後景気回復によって市場が価格形成機能を取り戻すと、何と買収金額の7500億円を越える引当金の戻りが生じた。市場が安定した後から見れば、UFJは債務超過ではなく、救済は必要なかったということになる。
だが、それは事後の話である。危機が深化する過程では市場は必ずオーバーシュートする。そこを耐えられねば、金融機関は破綻するか吸収されてしまうのである。
サブプライムに端を発した金融危機を脱した今、改めて浮かび上がるのは、米銀と邦銀の修羅場における資本調達力の圧倒的格差である。(敬称略、辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)
米国戦後最悪の金融不安を引き起こしたサブプライムローン問題は危険水域を脱し、金融機関の損失処理は最終段階に入った。
4月11日、米国ワシントンで開かれたG7は鳩首会議さながらで、有効な危機対応策を打ち出せず、金融秩序回復の道のりは遠いとしか思えなかった。
ドイツ銀行のアッカーマンCEOが居並ぶ各国の財務相たちに、損失拡大の一因となっている時価会計の適用を一時停止する緊急避難措置(サーキット・ブレイカー)を求めたほど、欧米の巨大金融機関は動揺を隠していなかった。
だが、それから2ヶ月もたたない現在、もはや金融危機を口にするものはいない。じわじわと株価は上昇し始めた。景気の先行きには暗い影を投げかけているが、誰しもがサブプライム問題は最悪期を抜け出したと考えている。
それはなぜだろうか。2ヶ月の間に、何がどう変化したのだろうか。
答えは、ポールソン米財務長官が繰り返し強調し続けた「最優先で取り組むべき課題は、損失の確定と資本調達だ」という発言にある。金融を少しでも知る者にとってはあまりに当たり前の指摘だろう。だが、未曾有の危機に際して実行してのける官民の力量は、決して「当たり前」ではない。付け加えれば、日本のメデイアや識者が声高に叫んだ公的資金の資本注入など、彼は一切口にしなかった。
今回の金融不安の根をひと言で表現すれば、「証券化商品市場が突然消滅した」ことにある。
激しい信用収縮による資金調達の急激な悪化によって、買い手がいっせいに消えた。サブプライム住宅ローン債権を組み入れた証券化商品に止まらず、あらゆる証券化商品の売買が急減、スプレッドは急上昇、価格は暴落し続けた。
それは、「市場が消滅した」と表現してもいいほどの底値が見えない急落だった。市場が大きくオーバーシュートしているときに保有する証券化商品の時価評価を行えば、その商品の本来的価値(ファンダメンタルバリュー)から大きく乖離、低下し、場合によってはゼロに近づいてしまう。あまりの異常事態に、アッカーマン・ドイツ銀行CEOが思わず緊急避難措置を求めたのも無理はない。
だが、市場はいつまでも消えたままではない。価格も果てしなく落ち続けるわけではない。いつか、必ず反転する。ここで、「損失の確定と資本調達」というポールソン米財務長官の言葉を思い出してほしい。
商品価格の軌跡を、ボールを床に落とす場合に例えてみよう。理想的なのは、ボールが床に着いた時点つまり最安値で保有資産の時価評価を行うことである。これで、完全に損失が確定し、追加損失の恐怖から解放される。
問題は、その損失に対する引当金の計上にキャピタルベースが耐えられるか否かである。耐えられなければ債務超過で、破綻してしまう。米系投資銀行はなりふりかまわず、オイルマネー、チャイナマネーを取りまくり、日本のみずほグループまでに手を伸ばした。
現実の市場はどう推移しただろうか。米評価会社のMarkit社は、サブプライムローンを裏づけ資産とする債券から算出したインデックスを公表している。それによれば、2007年10月を100とした場合、AAAは08年3月末に55まで落ちた後、反転している。また、AAも25まで落ちたが、その後は横這っている。
世界最大級の資産運用会社である米ブラックロックは、サブプライムローン関連資産の購入、管理に積極的に動き出した。追随する動きは多々ある。買い手が増え始め、底値が発見され、反発が始まっている。
つまり、資本不足をもっとも懸念されたシテイを初めとする投資銀行群は、底値での時価評価=想定される最大の損失額に耐えられるほどの資本調達に成功し、経営危機を克服したのである。ポールソン長官の提示した最優先課題を見事にクリアしたわけだ。今後はボールが床からどこまで跳ね返るか、その価格の回復部分を引当金の戻り、つまり収益として期待できる段階に移る。
明らかに、状況は変わった。ベア・スターンズなど一部破綻は起きたが、米国の金融システムは危機に耐え切ったのである。彼らに公的資金は、必要なかった。
思い起こされるのは、東京三菱銀行(当時)によるUFJ銀行(同)の買収である。UFJは不良債権の損失処理額が、キャピタルベースで耐えられなかった。だが、その後景気回復によって市場が価格形成機能を取り戻すと、何と買収金額の7500億円を越える引当金の戻りが生じた。市場が安定した後から見れば、UFJは債務超過ではなく、救済は必要なかったということになる。
だが、それは事後の話である。危機が深化する過程では市場は必ずオーバーシュートする。そこを耐えられねば、金融機関は破綻するか吸収されてしまうのである。
サブプライムに端を発した金融危機を脱した今、改めて浮かび上がるのは、米銀と邦銀の修羅場における資本調達力の圧倒的格差である。(敬称略、辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)

