
No.47 「NASAのリストラ」と「長銀の破綻」に見る人材流動化の大いなる意味
米国金融危機の急速な深化は、一九九〇年代後半の日本における巨大金融機関の連鎖倒産をまざまざと思い起こさせる。
94年の暮れに東京都にある二つの信用組合で発火した危機の種火はいつしか燎原の火となり、日本の金融機関を嘗め尽くした。当時、金融担当記者だった私には一つひとつの破綻が今もフラッシュバックでよみがえる。最後に焼け落ちたのは、九八年の旧日本長期信用銀行(旧長銀)であった。
旧長銀は外資系ファンドに買い取られ現在の新生銀行に転生したが、多くの行員たちが去った。自主廃業に追い込まれた山一証券も同様だが、優秀で働き盛りの30代、40代が銀行、他の金融機関、外資系に流出しただけでなく、あらゆる企業、産業に招かれ、アカデミズムに移り、政界に進出し、あるいは自ら起業した。自分に蓄積した金融技術、スキル、ノウハウを異業種に生かし、融合した。彼らが新しいやり方で、日本の金融産業を活性化させたことは間違いない。
80年代後半。米国は焦りを募らせていた。
もはや、製造業の競争力では日本にかないそうもなかった。品質も生産性も劣後してしまい、国内市場は輸出製品で席巻された。彼らは追い詰められ、構造改革と産業構造の転換を必死に進めた。一方で財政問題も抱えていたから、政府として潤沢な資金を投入するどころか、政府部門をリストラしなければならなかった。その標的のひとつが米国航空宇宙局(NASA)であった。大幅な人員削減が実施され、職を失ったロケットサイエンテイストたちは生活の糧を得るために必死になった。彼らのあるかたまりは、ニューヨークのウオールストリートに流れ着いた。月にロケットを送り込む科学技術と金融ビジネスが結びつき、金融工学が生まれた。最新の金融技術を武器に米国の金融界は全世界を席巻、金融資本によって米国は新たな成長を手に入れた。
池尾和人・慶応大学経済学部教授は、これらの現象を「旧結合が壊れ、新結合が生み出された」と表現する。企業が大幅なリストラや破綻に追い込まれ、社会の旧い秩序が同時に崩れる。スキルと経験を持った人間が流出し、彼らを媒体にして異業種が結びつき、化学融合を起こし、新しい価値を生み出すのである。旧結合を壊しただけではだめで、新結合にまで至らなければ産業の構造転換は果たされないのである。
しかし、旧結合を壊すこと、つまり、企業あるいは公的部門がリストラや破綻の憂き目に会うことは、当事者にとっては生きがい、生きる術を失いかねない危機である。ロケットサイエンテイストはロケット開発に携わっていることこそ至福だし、旧長銀マンは旧い金融界の秩序に漬かっていることが安息だったろう。だから、抵抗する。社会全体も不安定化を嫌って、彼らを支持する。日本政府が、これまで述べたような意味で旧結合を解いたのは、金融界では旧長銀が最後であった。
構造改革、産業の構造転換を進める上で、優秀な人材の流動化は不可欠であり、もっとも有効な手段である。だが、「不可欠で有効だ」と叫ぶだけで、大企業に立てこもった人材が自発的に茨の道に飛び出すはずがない。経営陣にとっても、何らかの仕組みが用意されなければ前向きになれないだろう。したがって、労働市場の流動化を誘導する仕掛けを、労働法制改革によって政府が作る必要がある。
私は当コラムで、いくどか「正社員の解雇を容易にする労働法制改革が必要だ」と指摘してきた。それは主に、正規雇用と非正規雇用との処遇格差が見過ごせないまでに開き、社会が不安定化する懸念からの指摘だった。視点を移して、社会全体の構造を変え、新たな価値を生み出し、成長を得るという観点からも、同様の労働法制改革は必要なのである(辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)。
94年の暮れに東京都にある二つの信用組合で発火した危機の種火はいつしか燎原の火となり、日本の金融機関を嘗め尽くした。当時、金融担当記者だった私には一つひとつの破綻が今もフラッシュバックでよみがえる。最後に焼け落ちたのは、九八年の旧日本長期信用銀行(旧長銀)であった。
旧長銀は外資系ファンドに買い取られ現在の新生銀行に転生したが、多くの行員たちが去った。自主廃業に追い込まれた山一証券も同様だが、優秀で働き盛りの30代、40代が銀行、他の金融機関、外資系に流出しただけでなく、あらゆる企業、産業に招かれ、アカデミズムに移り、政界に進出し、あるいは自ら起業した。自分に蓄積した金融技術、スキル、ノウハウを異業種に生かし、融合した。彼らが新しいやり方で、日本の金融産業を活性化させたことは間違いない。
80年代後半。米国は焦りを募らせていた。
もはや、製造業の競争力では日本にかないそうもなかった。品質も生産性も劣後してしまい、国内市場は輸出製品で席巻された。彼らは追い詰められ、構造改革と産業構造の転換を必死に進めた。一方で財政問題も抱えていたから、政府として潤沢な資金を投入するどころか、政府部門をリストラしなければならなかった。その標的のひとつが米国航空宇宙局(NASA)であった。大幅な人員削減が実施され、職を失ったロケットサイエンテイストたちは生活の糧を得るために必死になった。彼らのあるかたまりは、ニューヨークのウオールストリートに流れ着いた。月にロケットを送り込む科学技術と金融ビジネスが結びつき、金融工学が生まれた。最新の金融技術を武器に米国の金融界は全世界を席巻、金融資本によって米国は新たな成長を手に入れた。
池尾和人・慶応大学経済学部教授は、これらの現象を「旧結合が壊れ、新結合が生み出された」と表現する。企業が大幅なリストラや破綻に追い込まれ、社会の旧い秩序が同時に崩れる。スキルと経験を持った人間が流出し、彼らを媒体にして異業種が結びつき、化学融合を起こし、新しい価値を生み出すのである。旧結合を壊しただけではだめで、新結合にまで至らなければ産業の構造転換は果たされないのである。
しかし、旧結合を壊すこと、つまり、企業あるいは公的部門がリストラや破綻の憂き目に会うことは、当事者にとっては生きがい、生きる術を失いかねない危機である。ロケットサイエンテイストはロケット開発に携わっていることこそ至福だし、旧長銀マンは旧い金融界の秩序に漬かっていることが安息だったろう。だから、抵抗する。社会全体も不安定化を嫌って、彼らを支持する。日本政府が、これまで述べたような意味で旧結合を解いたのは、金融界では旧長銀が最後であった。
構造改革、産業の構造転換を進める上で、優秀な人材の流動化は不可欠であり、もっとも有効な手段である。だが、「不可欠で有効だ」と叫ぶだけで、大企業に立てこもった人材が自発的に茨の道に飛び出すはずがない。経営陣にとっても、何らかの仕組みが用意されなければ前向きになれないだろう。したがって、労働市場の流動化を誘導する仕掛けを、労働法制改革によって政府が作る必要がある。
私は当コラムで、いくどか「正社員の解雇を容易にする労働法制改革が必要だ」と指摘してきた。それは主に、正規雇用と非正規雇用との処遇格差が見過ごせないまでに開き、社会が不安定化する懸念からの指摘だった。視点を移して、社会全体の構造を変え、新たな価値を生み出し、成長を得るという観点からも、同様の労働法制改革は必要なのである(辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)。

