
No.44 時代に逆行する遺物的減税「租特」にメスを
四角の箱をイメージしていただきたい。税の仕組みを、簡単に例えてみよう。
底面が課税の対象範囲と考えてほしい。高さが税率である。とすれば、底面と高さを掛け合わせた直方体の体積が税収となる。税制にとっての理想型は、安定的かつ公平であること、つまり課税対象範囲がなるべく広く、税率が低い、平べったい四角の箱なのである。
戦後の一九五〇年、シャウプ勧告によって新税制として導入された日本の所得税、法人税は、この理想型から始まった。ところが六〇年近くを経て、今、そこに“無数の穴”が空いている。租税特別措置(以下、租特)という名の特定産業、団体に対する減税の穴である。
祖特は、今国会の焦点であるガソリン税などの増税措置や家計に対する優遇措置もあるが、ほとんどは企業向けの減税措置である。設備投資、減価償却、研究開発などさまざまな名目で減税を行い、企業のキャッシュフローを増大させる方向に導く。重厚長大産業を興し、輸出企業を伸長させ、高度成長を実現するために、補助金とならんで実に有効な産業育成策だった。官民が一体となって、あらゆるシステムを利用して経済発展を遂げる、開発主義と呼ばれる手法の一環であり、各国に共通する発展途上期の必須政策とも言えるだろう。
だが、この祖特が、依然として一兆二〇〇〇億円弱もの減税措置として残っているのはいかがなものか。驚くのは、そのなかには、1951年に船舶や船員の不足解消を目的とした「船舶の特別償却」措置などという“遺物”が混じっていることだ。名目も対象も少しずつ変えながら、国土交通省(旧運輸省)と造船業界は既得権として守り抜いてきたのである。
祖特は、各省庁が傘下の特定産業を優遇、時に癒着の温床となる、と指摘されてきた。「船舶の特別償却」は、その典型的事例であろう。厄介なのは、減税措置は法律の条文になるだけで、予算書には盛り込まれないから国会のチェックがきかず、財務省すら正確な実態は把握できていないことだ。
実はこの五年間で、このレガシーシステムを利用した減税措置は、景気対策、デフレ対策の名目で、研究開発促進を中心に七〇〇〇億円増えている。すべてが無意味とは言わぬ。だが、霞ヶ関の各省各課は、その効果がなくなろうと手放しはしない。監視は届かず、多くが既得権化するであろう。
何より問題なのは、税制の安定性と公平性がゆがむことだ。冒頭で説明した「理想の平べったい四角の箱」を例に取れば、底面に多くの穴が開けば、その面積は小さくなるから、同じ税収を得るためには高さ、税率を上げなければならなくなる。そうなれば、既得権のない新興企業にとっては税率だけは高くなり、著しく不利である。産業の構造転換、知識産業社会への脱皮にまったく逆行する制度なのである。
米国では第二期レーガン政権が八六年、勃興する西海岸の新興企業群の激しい批判を受け、煙突産業と呼ばれる重厚長大産業に偏った遺物をほぼ全廃、代わりに法人税率を半減させた。底面を広げ、高さを下げ、理想型に戻したのである。酷評された第一期税制改革と比べ、第二期改革は米国の知的情報産業を発展させたとして、評価が高い。昨年、ドイツのメルケル政権も、同様の改革を行った。
この祖特は、今国会で税制関連問題としてようやく取り上げられている。国会が混乱している上に、税制の例外措置として規模も小さく、目立たない。われわれは、政府、官僚が重要な産業を決める制度が市場経済の時代に依然として残っているという現実を、どう考えるべきなのか。戦後経済体制からの脱却がなぜできないのかが、いまだに問われている(辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)。
底面が課税の対象範囲と考えてほしい。高さが税率である。とすれば、底面と高さを掛け合わせた直方体の体積が税収となる。税制にとっての理想型は、安定的かつ公平であること、つまり課税対象範囲がなるべく広く、税率が低い、平べったい四角の箱なのである。
戦後の一九五〇年、シャウプ勧告によって新税制として導入された日本の所得税、法人税は、この理想型から始まった。ところが六〇年近くを経て、今、そこに“無数の穴”が空いている。租税特別措置(以下、租特)という名の特定産業、団体に対する減税の穴である。
祖特は、今国会の焦点であるガソリン税などの増税措置や家計に対する優遇措置もあるが、ほとんどは企業向けの減税措置である。設備投資、減価償却、研究開発などさまざまな名目で減税を行い、企業のキャッシュフローを増大させる方向に導く。重厚長大産業を興し、輸出企業を伸長させ、高度成長を実現するために、補助金とならんで実に有効な産業育成策だった。官民が一体となって、あらゆるシステムを利用して経済発展を遂げる、開発主義と呼ばれる手法の一環であり、各国に共通する発展途上期の必須政策とも言えるだろう。
だが、この祖特が、依然として一兆二〇〇〇億円弱もの減税措置として残っているのはいかがなものか。驚くのは、そのなかには、1951年に船舶や船員の不足解消を目的とした「船舶の特別償却」措置などという“遺物”が混じっていることだ。名目も対象も少しずつ変えながら、国土交通省(旧運輸省)と造船業界は既得権として守り抜いてきたのである。
祖特は、各省庁が傘下の特定産業を優遇、時に癒着の温床となる、と指摘されてきた。「船舶の特別償却」は、その典型的事例であろう。厄介なのは、減税措置は法律の条文になるだけで、予算書には盛り込まれないから国会のチェックがきかず、財務省すら正確な実態は把握できていないことだ。
実はこの五年間で、このレガシーシステムを利用した減税措置は、景気対策、デフレ対策の名目で、研究開発促進を中心に七〇〇〇億円増えている。すべてが無意味とは言わぬ。だが、霞ヶ関の各省各課は、その効果がなくなろうと手放しはしない。監視は届かず、多くが既得権化するであろう。
何より問題なのは、税制の安定性と公平性がゆがむことだ。冒頭で説明した「理想の平べったい四角の箱」を例に取れば、底面に多くの穴が開けば、その面積は小さくなるから、同じ税収を得るためには高さ、税率を上げなければならなくなる。そうなれば、既得権のない新興企業にとっては税率だけは高くなり、著しく不利である。産業の構造転換、知識産業社会への脱皮にまったく逆行する制度なのである。
米国では第二期レーガン政権が八六年、勃興する西海岸の新興企業群の激しい批判を受け、煙突産業と呼ばれる重厚長大産業に偏った遺物をほぼ全廃、代わりに法人税率を半減させた。底面を広げ、高さを下げ、理想型に戻したのである。酷評された第一期税制改革と比べ、第二期改革は米国の知的情報産業を発展させたとして、評価が高い。昨年、ドイツのメルケル政権も、同様の改革を行った。
この祖特は、今国会で税制関連問題としてようやく取り上げられている。国会が混乱している上に、税制の例外措置として規模も小さく、目立たない。われわれは、政府、官僚が重要な産業を決める制度が市場経済の時代に依然として残っているという現実を、どう考えるべきなのか。戦後経済体制からの脱却がなぜできないのかが、いまだに問われている(辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)。

