
No.41 正社員のクビを切りやすくする改革は受け入れられるか。
日本の株が他国にもまして売り込まれている理由を、「外国人投資家が改革を後退させていることに失望したから」とする解説をメデイアで頻繁に見かける。私ははなはだ疑問に思っている。外国人投資家が何をもって改革の後退だと失望したのかよくわからないし、彼らが評価し、株を買いたくなるような改革が果たして日本の国民にとっていい改革かどうかも怪しい。例えば、小泉純一郎元首相が郵政解散に臨んだとき、株価は暴騰した。あれほどずさんな制度設計の民営化案を真の日本改革だと熱狂したということは、外国人投資家は単にイベントやサクセスストーリーを欲しがっているだけなのだと考えたくなる(私は決して民営化に反対ではない。今回の民営化スキームは筋が悪いと考えているだけである)。
しかしながら、福田政権が総合的な改革ビジョンを持っているわけでも、優先順位をつけて実行しようとしていないのも、多くの人びとが実感するところだろう。では、今最優先で取り組むべき改革はなんだろうか。私は財政問題でも社会補償問題でもなく、労働市場改革だと思う。論点を絞れば、「正社員と非正社員の処遇格差問題の解決」が、最も必要な改革である。
現在、日本社会の影を落とし、閉塞感を高め、人々の多くが変化に前向きになれないのは、さまざまな格差問題が発生し、そこかしこに不平等感が募っているからだろう。その格差問題のなかで最も深刻なのは、正社員と非正社員の処遇格差であろう。同じ仕事をしているにも関わらず、片方にしか昇給昇進の道は開かれていない。彼らは好きこのんで非正社員を選んだのではない。とりわけ、一九九〇年代半ばから一〇年ほどの間に社会に出た若者とって就職氷河期が続いた。それは明らかに政府のマクロ経済政策の失敗で、彼らの責任ではない。といって、再挑戦の場などないに等しく、社員になるのはひどく難しい。こうした状況を放置すれば、ワーキングプアたちの生活の荒廃から社会の劣化が進むだろう。
そして、この象徴的格差問題の解決方法が示されないからこそ、人々は小泉政権以降の構造改革続行を支持しないのだと思う。逆に言えば、解決の道筋が示されれば、他の改革も支持が集まり、動き出す。だからこそ、最優先で取り組まなければならない問題なのである。
では、どうすればいいか。現在雇用している正社員を抱えたままで、非正社員の正社員化を進められるほど体力のある企業はまれである。経営者に非正社員の社員化の実行を促す仕組み、つまり正社員と非正社員を入れ替えることができる仕組みが必要だろう。要は、正社員を整理解雇できるようにするのである。
正社員の整理解雇は日本では、ほぼ不可能だ。社員保護の判例が最高裁判決まで積み重なり、いわゆる「整理解雇の四条件」が厳格基準として壁になっている。ありていに言えば、倒産寸前にまで追い詰められなければ、解雇など許されないのである。であれば、労働法制を大転換し、「正社員の整理解雇を容易にする改革」が必要であろう。
実は、労働者の権利保護一辺倒だった労働法学者の一部の若手の間で、正社員に対する強固な法的プロテクションをいかに外すか、研究が始まっている。労働市場が流動化すれば、人材の最適配分が進み、社会全体の生産性が高まり、その結果、再挑戦の機会も多くなる。単に正社員と非正社員が入れ替わるだけではない。チャレンジ意欲高い社会に変貌させる――まるで、労働経済学者のごとく発想する労働法学者が登場したわけだ。
しかしながら、アカデミズムと世間は違う。クビを切りやすくする法制度改革――あらゆる方面から、非難轟々だろう。自民党も民主党も言い出せるはずがない。厚生労働省は最後まで動かない。経団連が提案したら、ホワイトカラーエグゼンプションなど比較にならぬ集中砲火を浴びるだろう。
虐げられた人びと、ワーキングプアたちを救えという声は多く聞こえるが、正社員の雇用に手をつけるという視点は、世の中のどこにもない。それは、メデイアを含めて影響力のある人びとの多くが正社員という既得権者であるからだ。今日本に最も必要な改革は、実は最も困難な改革でもある。自分自身が抵抗勢力であることを見つめ、まず、議論を起こしたい(辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)。

