
No.26 モノづくり信仰の桎梏
経済学者の野口悠紀雄・早稲田大学大学院教授には苦い思い出がある。東京大学勤務時代、金融の最先端実務を教える大学院の開設を提案したところ、「金儲けの手段を大学で教えるのはいかがなものか」と学内の総反論に遭い、果たせなかったのである。
日本は戦後六〇年間で、GDPに匹敵する対外資産五〇〇兆円を積み上げ、資産大国になった。運用能力を一%上げれば、経済成長率を一%押し上げるのと同じ効果を上げる宝の山である。巡り巡って、家計の財産所得(注1)を潤す。
だが、日本の金融機関の運用能力はきわめて低い。米国債などの安全・低利回りの投資しかできない。これでは、宝の持ち腐れである。欧米の投資銀行は低金利の資金を調達、先端技術を生かしてさまざまなリスクマネーに転換、高利回りで運用し、多大な国富をもたらす。英国は金融街シテイの隆盛によって、一五年連続の景気拡大を謳歌している。彼我の能力格差は、何ゆえだろうか。
長く規制下にあった日本の金融機関には、先端技術、人材育成の動機がなかった。バブル期の運用資失敗は、いまだ癒せぬトラウマとなった。何より、金融には社会の価値観、政策が反映する。私たちは、金融は虚業との思い、マネーゲームでおカネを儲けることへのいかがわしさ、嫌悪感をどこか拭えない。その一方で、汗水たらしてものを作り上げることの崇高さ、製造業大国の自負が染み付いている。その日本的風土の象徴が、東大教授陣だろう。
日本の電機産業は新興国の追撃で、急速に国際競争力を低下させている。また、好調な製造業にしてもコスト競争力維持のために、労働分配率を抑えたままである。このグローバリゼーションが引き起こした構造変化を目の当たりにしてなお、政府は製造業重視の成長戦略を掲げる。これでは、金融取引の知的インフラを構築できるはずがない。
今、東京の金融市場の戦略的強化が叫ばれる。何度目のことだろう。ものづくり信仰の桎梏が、金融立国の道をふさいでいる。(辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)
(注1)家計には、労働所得と財産所得がある。中年になると労働所得が減り、定年するとなくなってしまう。だが、それまで貯めた資産、預貯金、債券、株式などによって、財産所得を得られる。運用能力の向上は、高齢化が進むに日本にとって、最重要のテーマである。
日本は戦後六〇年間で、GDPに匹敵する対外資産五〇〇兆円を積み上げ、資産大国になった。運用能力を一%上げれば、経済成長率を一%押し上げるのと同じ効果を上げる宝の山である。巡り巡って、家計の財産所得(注1)を潤す。
だが、日本の金融機関の運用能力はきわめて低い。米国債などの安全・低利回りの投資しかできない。これでは、宝の持ち腐れである。欧米の投資銀行は低金利の資金を調達、先端技術を生かしてさまざまなリスクマネーに転換、高利回りで運用し、多大な国富をもたらす。英国は金融街シテイの隆盛によって、一五年連続の景気拡大を謳歌している。彼我の能力格差は、何ゆえだろうか。
長く規制下にあった日本の金融機関には、先端技術、人材育成の動機がなかった。バブル期の運用資失敗は、いまだ癒せぬトラウマとなった。何より、金融には社会の価値観、政策が反映する。私たちは、金融は虚業との思い、マネーゲームでおカネを儲けることへのいかがわしさ、嫌悪感をどこか拭えない。その一方で、汗水たらしてものを作り上げることの崇高さ、製造業大国の自負が染み付いている。その日本的風土の象徴が、東大教授陣だろう。
日本の電機産業は新興国の追撃で、急速に国際競争力を低下させている。また、好調な製造業にしてもコスト競争力維持のために、労働分配率を抑えたままである。このグローバリゼーションが引き起こした構造変化を目の当たりにしてなお、政府は製造業重視の成長戦略を掲げる。これでは、金融取引の知的インフラを構築できるはずがない。
今、東京の金融市場の戦略的強化が叫ばれる。何度目のことだろう。ものづくり信仰の桎梏が、金融立国の道をふさいでいる。(辻広雅文、『週刊ダイヤモンド』掲載)
(注1)家計には、労働所得と財産所得がある。中年になると労働所得が減り、定年するとなくなってしまう。だが、それまで貯めた資産、預貯金、債券、株式などによって、財産所得を得られる。運用能力の向上は、高齢化が進むに日本にとって、最重要のテーマである。

