
松崎菊也さんから
「マスコミ面するなよ」
もともと朝日新聞には、胸を張って「わが道こそが正しいのである!」という気合が目立つ。いささか堅苦しく、ともすれば権威主義的な姿勢が鼻につく。一方、系列の地上波テレビ局は、権力にやたら噛み付く硬派を気取るくせに、それをバラエティーに噛み砕いてしっかりゼニ儲けする小ずるさが鼻につく。
で、その中間であると(わたくしが勝手に決めていただけの)CSの衛星チャンネルは、新聞社のはみ出し連中が牛耳っていたせいか、バンカラで気取らず、斜めに権力を笑いものにする根性があった。
わたくしはその目撃者である。「衛星チャンネル」の最初期、亡き社会派ジャーナリスト黒田清さんと立ち上げた「ブラックニュース」という番組は、時勢をコントで笑った。総理から外国の独裁者、果ては千代田の高貴な方々まで笑いのめす。それへ社会派ジャーナリストが笑いながら噛み付く。本来の健全なテレビの役割を正しく実践した番組だった。いい名前だろ?「ブラックニュース」だぞ。いかがわしく、卑猥なうっふっふが充満するタイトルではないか。いかがわしさにこそ、時勢の本質が潜むのである。
ところが、そこは朝日新聞なのだった。
「たいへんに評判がよろしいので、2時間の拡大版の帯番組といたしたい。黒田さんとマツザキさんたちのコントは木曜日を担当いただきたい」
2時間枠となって、そういういかがわしさよりも、ジャーナリズムの王道を歩むがよろし! とタイトルも「ジャーナリズム最前線」に変わった。ほかの曜日なんざ(湯豆腐のことを夕刊にやたら書いていた)轡田さんやらどうたらさんやら、今をときめくジャーナリストが、カメラに向かってよきことを講じ、世の中に正対し、いかがわしさがズンズン消えて、やがて番組は消滅した。さすが朝日!!(皮肉をこめて)世の中に正対することは、それだけ世の中に対して鷹揚になり、ほどよきことをほどよく諭すメディアが幅を利かすようになったのだ。いやなこった、なのである。おまえたちはいつから朝日新聞のお抱え局と成り果てたのだ? 何のためのCSだ。本音はどこへ失せた? テレビ放送が、世の中に正対しないほうが、世の中はよく見える。
NHKラジオがその昔「日曜娯楽版」という痛烈な政治風刺コントの番組を生で放送した。若き日の永六輔さんはそれへ放送作家として参加した。50年以上も前の話である。朝日新聞とドガチャカのケンカをした法人放送局も、昔は権力に歯向かういかがわしさがあったのだ。
閑話休題、「衛星チャンネル」が「朝日ニュースター」という名前に変わったとき、なんか駅前のパチンコ屋みたいな名前になったな、と笑った。
パチンコ屋は市井の寄り合い場である。今日はいっぱつ当ててやろう、という不埒な目的のために目をギラギラさせたやつから、ほかにすることもないからフラリと立ち寄ったやつまで、左右上下、老若男女、森羅万象を取り扱う庶民へ向いた井戸端。パチンコ屋は井戸端である。しかも世の中と正対しない、斜に構えた井戸端である。ただし、パチンコ屋には会話がない。パチンコ屋のような名前の「朝日ニュースター」には、(最近!)井戸端の会話がある。
いかがわしく、何でも言えて、何でもやれる。そういう井戸端番組の端っこに永六輔さんと並んで座って、世の中に正対せず、言いたい放題を言う。
「痛快! おんな組」。おんなの井戸端会議は横で聞いていておもしろい。辛淑玉も中山千夏もやり手ババアであって、すぐにカッカするが大口開けて笑う。永さんなんざおんな以上におんなの井戸端がお好きらしい。わたくしも好きだ。いかがわしいCSにもどりつつあるパチンコ屋バンザイ! まだまだテレビ朝日の再放送が多いのも気になるが、よき本音番組も増えた。やかましくて腹が立つが葉さんやら愛川さんやらのとんがり具合も悪くない。ズンズン自前の番組を増やすがいいのだ。それへ加担したい。「ブラックニュース」……あのいかがわしさよもう一度!
せっかくいい気分なのである。
「春から2時間枠になる計画がありまして……」
と聞いて、いや〜〜〜〜な予感がしないでもなかったが、立ち消えとなった。今度もしっかり見極めたい。CSテレビはマスコミではない。ミニコミである。本音で語り、笑うのだ。2時間枠をいいことにまたまた権威主義的な説教垂れにもどったりしたら、わたくしトットとおさらばして、あちこちのステージや雑誌に、小泉的なる権威、NHK的なる権威同様、朝日的なる権威を笑いものにするつもりである。
戯作者 松崎菊也
もともと朝日新聞には、胸を張って「わが道こそが正しいのである!」という気合が目立つ。いささか堅苦しく、ともすれば権威主義的な姿勢が鼻につく。一方、系列の地上波テレビ局は、権力にやたら噛み付く硬派を気取るくせに、それをバラエティーに噛み砕いてしっかりゼニ儲けする小ずるさが鼻につく。
で、その中間であると(わたくしが勝手に決めていただけの)CSの衛星チャンネルは、新聞社のはみ出し連中が牛耳っていたせいか、バンカラで気取らず、斜めに権力を笑いものにする根性があった。
わたくしはその目撃者である。「衛星チャンネル」の最初期、亡き社会派ジャーナリスト黒田清さんと立ち上げた「ブラックニュース」という番組は、時勢をコントで笑った。総理から外国の独裁者、果ては千代田の高貴な方々まで笑いのめす。それへ社会派ジャーナリストが笑いながら噛み付く。本来の健全なテレビの役割を正しく実践した番組だった。いい名前だろ?「ブラックニュース」だぞ。いかがわしく、卑猥なうっふっふが充満するタイトルではないか。いかがわしさにこそ、時勢の本質が潜むのである。
ところが、そこは朝日新聞なのだった。
「たいへんに評判がよろしいので、2時間の拡大版の帯番組といたしたい。黒田さんとマツザキさんたちのコントは木曜日を担当いただきたい」
2時間枠となって、そういういかがわしさよりも、ジャーナリズムの王道を歩むがよろし! とタイトルも「ジャーナリズム最前線」に変わった。ほかの曜日なんざ(湯豆腐のことを夕刊にやたら書いていた)轡田さんやらどうたらさんやら、今をときめくジャーナリストが、カメラに向かってよきことを講じ、世の中に正対し、いかがわしさがズンズン消えて、やがて番組は消滅した。さすが朝日!!(皮肉をこめて)世の中に正対することは、それだけ世の中に対して鷹揚になり、ほどよきことをほどよく諭すメディアが幅を利かすようになったのだ。いやなこった、なのである。おまえたちはいつから朝日新聞のお抱え局と成り果てたのだ? 何のためのCSだ。本音はどこへ失せた? テレビ放送が、世の中に正対しないほうが、世の中はよく見える。
NHKラジオがその昔「日曜娯楽版」という痛烈な政治風刺コントの番組を生で放送した。若き日の永六輔さんはそれへ放送作家として参加した。50年以上も前の話である。朝日新聞とドガチャカのケンカをした法人放送局も、昔は権力に歯向かういかがわしさがあったのだ。
閑話休題、「衛星チャンネル」が「朝日ニュースター」という名前に変わったとき、なんか駅前のパチンコ屋みたいな名前になったな、と笑った。
パチンコ屋は市井の寄り合い場である。今日はいっぱつ当ててやろう、という不埒な目的のために目をギラギラさせたやつから、ほかにすることもないからフラリと立ち寄ったやつまで、左右上下、老若男女、森羅万象を取り扱う庶民へ向いた井戸端。パチンコ屋は井戸端である。しかも世の中と正対しない、斜に構えた井戸端である。ただし、パチンコ屋には会話がない。パチンコ屋のような名前の「朝日ニュースター」には、(最近!)井戸端の会話がある。
いかがわしく、何でも言えて、何でもやれる。そういう井戸端番組の端っこに永六輔さんと並んで座って、世の中に正対せず、言いたい放題を言う。
「痛快! おんな組」。おんなの井戸端会議は横で聞いていておもしろい。辛淑玉も中山千夏もやり手ババアであって、すぐにカッカするが大口開けて笑う。永さんなんざおんな以上におんなの井戸端がお好きらしい。わたくしも好きだ。いかがわしいCSにもどりつつあるパチンコ屋バンザイ! まだまだテレビ朝日の再放送が多いのも気になるが、よき本音番組も増えた。やかましくて腹が立つが葉さんやら愛川さんやらのとんがり具合も悪くない。ズンズン自前の番組を増やすがいいのだ。それへ加担したい。「ブラックニュース」……あのいかがわしさよもう一度!
せっかくいい気分なのである。
「春から2時間枠になる計画がありまして……」
と聞いて、いや〜〜〜〜な予感がしないでもなかったが、立ち消えとなった。今度もしっかり見極めたい。CSテレビはマスコミではない。ミニコミである。本音で語り、笑うのだ。2時間枠をいいことにまたまた権威主義的な説教垂れにもどったりしたら、わたくしトットとおさらばして、あちこちのステージや雑誌に、小泉的なる権威、NHK的なる権威同様、朝日的なる権威を笑いものにするつもりである。
戯作者 松崎菊也
| 2006.02.06 |
