
1/26(土)午後2:00〜2:30ほか
いま、共に輝いて
沖縄県那覇市に住む伊狩典子さん(72歳)は
沖縄方言のラジオのニュースキャスターを努めて20年になります。
伊狩さんは、小中学校などでの講演活動を通して
方言の大切さと平和を愛する沖縄の心を教えています。
それは伊狩さんの戦時中の体験にも深く関わっています。
戦時中は熊本に疎開しますが、
他の学童疎開船が米潜水艦によって撃沈され、1500人の学童が死亡、
そればかりか、疎開を薦めた教師と友達のほとんどは、
ひめゆり部隊に入隊し戦死したのです。
以来、自分は死んだ人々の分まで生きなければと考え、
毎日を懸命に頑張ることを決意しました。
最愛のご主人を病で亡くした18年前は、死さえ考える毎日が続きましたが、
子どもの事を考え、周囲の人の温かい励ましに支えられて今日まで来ました。
今では孫5人に囲まれ、幸せな日々を送りながら、
命をどうやって守るか、平和の発信を沖縄からと訴えています。
2004年8月 沖縄テレビ放送 制作
沖縄県那覇市に住む伊狩典子さん(72歳)は
沖縄方言のラジオのニュースキャスターを努めて20年になります。
伊狩さんは、小中学校などでの講演活動を通して
方言の大切さと平和を愛する沖縄の心を教えています。
それは伊狩さんの戦時中の体験にも深く関わっています。
戦時中は熊本に疎開しますが、
他の学童疎開船が米潜水艦によって撃沈され、1500人の学童が死亡、
そればかりか、疎開を薦めた教師と友達のほとんどは、
ひめゆり部隊に入隊し戦死したのです。
以来、自分は死んだ人々の分まで生きなければと考え、
毎日を懸命に頑張ることを決意しました。
最愛のご主人を病で亡くした18年前は、死さえ考える毎日が続きましたが、
子どもの事を考え、周囲の人の温かい励ましに支えられて今日まで来ました。
今では孫5人に囲まれ、幸せな日々を送りながら、
命をどうやって守るか、平和の発信を沖縄からと訴えています。
2004年8月 沖縄テレビ放送 制作

