
2/24(日)朝9:30〜10:00
江戸の奇跡 石見銀山の知恵〜“天国にいちばん近い島”を救え!!
南太平洋に浮かぶ「天国にいちばん近い島」、ニューカレドニア。ある希少金属の世界最大の産出国としても知られています。それは日本が世界第二位の消費国となっているニッケルです。ニューカレドニアでは19世紀後半からニッケル開発が始まり、日本からも1892年から1941年まで、5千人以上の移民が渡り、開発の労働力となりました。しかし、山肌がむき出しのまま放置された鉱山からは、雨が降ると赤土が流れ出て、川底から沖合のサンゴ礁に至るまで覆い尽くしてしまいました。
今も十数カ所で進む開発。海のそばでも、2008年12月からの創業を目指す、日本企業も参加している総工費3500億円の開発が進んでいました。今後29年間、東京ドーム10個分の森林が毎年、伐採される予定です。06年4月には、鉱山側の環境対策に不満を抱いた先住民の一部が暴動を起こす騒ぎとなりました。移民した祖父の代から鉱山で働き続けてきた日系三世のギー・サクモリさんは、ニッケル開発に尽力した日本人の子孫であることを誇りに思っていますが、その仕事が島の自然を破壊する現実に悩み続けていました。「私にはどうしたらいいのか解らない」。そのカギがなんと日本にあったのです。
07年夏、世界遺産に選ばれた島根県大田市にある石見銀山。選定の理由は「環境に優しい開発」でした。最盛期には世界の5分の1の銀を産出した世界最大の銀鉱山の大規模な開発に着手したのは徳川家康。直轄領とし、選りすぐりの家来を派遣しました。中でも初代奉行の大久保長安は鉱山の中心に数万人規模とも言われる鉱山都市を作りました。関係者が山とともに暮らすことで、自然に気配りした銀山ができると考えたのです。教育制度を整え、人材を育成、木材を伐採したら必ず植林を行い、森を厳しく管理しました。また、不要な開発を防ぐため、植生や地形から銀鉱脈を正確に探り当てる山師が各地の鉱山から集められ、「間歩(まぶ)」と呼ばれる人一人がくぐれるほどの坑道が細い鉱脈に沿って掘り進められました。その数実に600本。その一つ一つに採掘権が発行され、高さ約1メートル、幅60〜70センチの規格にほぼ統一されています。開発がきちんと管理されていたことが山の環境を守ることに繋がっていました。さらに、外国の多くの鉱山で環境破壊をもたらしていた水銀を使わず、鉛を使った独特の精錬法にも、自然にやさしい配慮があったのです。
08年1月、ニューカレドニアの日系三世、サクモリさん夫婦は初めて、祖父・忠吉さんの故郷、熊本を訪ねることになりました。途中、サクモリさんの希望で立ち寄ったのが石見銀山。必要最低限の範囲を掘り進めることで世界一の銀山になったと聞き、特に「間歩」に興味津々です。「ここは私の知っている鉱山とは全く違う。まさに大自然の中にいるようだ」。400年も開発を続けながら、周辺の環境を守り抜いた奇跡の開発を目の当たりにしたサクモリさんは帰国後、鉱山の開発跡地に植林を始めました。サンゴを救う動きもあるなど、少しずつ変化が起きています。サクモリさんの持ち帰った江戸の知恵が、南の島を救う日が来るかもしれません。
ナレーター:室井 滋
南太平洋に浮かぶ「天国にいちばん近い島」、ニューカレドニア。ある希少金属の世界最大の産出国としても知られています。それは日本が世界第二位の消費国となっているニッケルです。ニューカレドニアでは19世紀後半からニッケル開発が始まり、日本からも1892年から1941年まで、5千人以上の移民が渡り、開発の労働力となりました。しかし、山肌がむき出しのまま放置された鉱山からは、雨が降ると赤土が流れ出て、川底から沖合のサンゴ礁に至るまで覆い尽くしてしまいました。
今も十数カ所で進む開発。海のそばでも、2008年12月からの創業を目指す、日本企業も参加している総工費3500億円の開発が進んでいました。今後29年間、東京ドーム10個分の森林が毎年、伐採される予定です。06年4月には、鉱山側の環境対策に不満を抱いた先住民の一部が暴動を起こす騒ぎとなりました。移民した祖父の代から鉱山で働き続けてきた日系三世のギー・サクモリさんは、ニッケル開発に尽力した日本人の子孫であることを誇りに思っていますが、その仕事が島の自然を破壊する現実に悩み続けていました。「私にはどうしたらいいのか解らない」。そのカギがなんと日本にあったのです。
07年夏、世界遺産に選ばれた島根県大田市にある石見銀山。選定の理由は「環境に優しい開発」でした。最盛期には世界の5分の1の銀を産出した世界最大の銀鉱山の大規模な開発に着手したのは徳川家康。直轄領とし、選りすぐりの家来を派遣しました。中でも初代奉行の大久保長安は鉱山の中心に数万人規模とも言われる鉱山都市を作りました。関係者が山とともに暮らすことで、自然に気配りした銀山ができると考えたのです。教育制度を整え、人材を育成、木材を伐採したら必ず植林を行い、森を厳しく管理しました。また、不要な開発を防ぐため、植生や地形から銀鉱脈を正確に探り当てる山師が各地の鉱山から集められ、「間歩(まぶ)」と呼ばれる人一人がくぐれるほどの坑道が細い鉱脈に沿って掘り進められました。その数実に600本。その一つ一つに採掘権が発行され、高さ約1メートル、幅60〜70センチの規格にほぼ統一されています。開発がきちんと管理されていたことが山の環境を守ることに繋がっていました。さらに、外国の多くの鉱山で環境破壊をもたらしていた水銀を使わず、鉛を使った独特の精錬法にも、自然にやさしい配慮があったのです。
08年1月、ニューカレドニアの日系三世、サクモリさん夫婦は初めて、祖父・忠吉さんの故郷、熊本を訪ねることになりました。途中、サクモリさんの希望で立ち寄ったのが石見銀山。必要最低限の範囲を掘り進めることで世界一の銀山になったと聞き、特に「間歩」に興味津々です。「ここは私の知っている鉱山とは全く違う。まさに大自然の中にいるようだ」。400年も開発を続けながら、周辺の環境を守り抜いた奇跡の開発を目の当たりにしたサクモリさんは帰国後、鉱山の開発跡地に植林を始めました。サンゴを救う動きもあるなど、少しずつ変化が起きています。サクモリさんの持ち帰った江戸の知恵が、南の島を救う日が来るかもしれません。
ナレーター:室井 滋
