6/13(水)
様変わりしたフィリピンの選挙
今から20年以上前、1986年のフィリピンの大統領選挙は世界中の注目を浴びた。
アメリカ3大ネットワークはマニラのホテルをフロアーごと借り上げ、衛星中継用のアンテナを設置し、50人ほどのスタッフが連日取材に走り回った。
日本の報道機関もやや遅れを取ながらも、支局を開設するなど取材に力を入れた。
ベニグノ・アキノ氏が暗殺され、影で指示したのは当時のマルコス大統領ではないかとの疑惑があった。
選挙は夫の敵を討つ形で妻のコラソン・アキノ氏と迎え撃つマルコス大統領の一騎打ちの選挙となり、ドラマ性もあった。
さらに当時のフィリピンは東西冷戦構造の最前線米軍基地を抱える国でもあった。
フィリピン政府の動向がアジアの安全保障にも大きな影響を与えた。
アジアの外相会議が開かれるとフィリピンの外相の記者会見に最も多くの記者が集まった。
アメリカの極東戦略の話が出る可能性があるからだ。
今は様変わりし、東西冷戦構造も崩れ、米軍基地もない。
日本では5月にフィリピンで統一選挙が行われたことも、何週間もかかる開票作業が続行中であることも、上院は野党が有利なこともほとんど注目されていない。
フィリピンの民衆でさえ、選挙に興味を失っている。
今から20年以上前、1986年のフィリピンの大統領選挙は世界中の注目を浴びた。
アメリカ3大ネットワークはマニラのホテルをフロアーごと借り上げ、衛星中継用のアンテナを設置し、50人ほどのスタッフが連日取材に走り回った。
日本の報道機関もやや遅れを取ながらも、支局を開設するなど取材に力を入れた。
ベニグノ・アキノ氏が暗殺され、影で指示したのは当時のマルコス大統領ではないかとの疑惑があった。
選挙は夫の敵を討つ形で妻のコラソン・アキノ氏と迎え撃つマルコス大統領の一騎打ちの選挙となり、ドラマ性もあった。
さらに当時のフィリピンは東西冷戦構造の最前線米軍基地を抱える国でもあった。
フィリピン政府の動向がアジアの安全保障にも大きな影響を与えた。
アジアの外相会議が開かれるとフィリピンの外相の記者会見に最も多くの記者が集まった。
アメリカの極東戦略の話が出る可能性があるからだ。
今は様変わりし、東西冷戦構造も崩れ、米軍基地もない。
日本では5月にフィリピンで統一選挙が行われたことも、何週間もかかる開票作業が続行中であることも、上院は野党が有利なこともほとんど注目されていない。
フィリピンの民衆でさえ、選挙に興味を失っている。
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