11/29(水)〜
パガン遺跡の修復問題
ミャンマー軍事政権にとってパガン遺跡観光は貴重な外貨獲得のビジネスだ。
1989年にパガンを訪れた。
イラワジ川の川原に9世紀に建立された3000塔のパゴダや寺院が立ちならんでいる。
乾季の夕日が傾き、イラワジ川の川原に塔や寺院の長い影が伸びる光景は今も忘れられない。
遺跡の回りは農村で、粗末な小屋でみやげ物を売っていたのを覚えている。
軍事政権の方針で、パガン観光が様変わりした。
3000の遺跡を一つ一つ見て回るのは時間も労力もかかる。
そこで熱気球を飛ばし、ゆっくりと遺跡を見て回れるようになっている。
一方で、真新しい遺跡が目に付く。
観光客の人気を取ろうと、近くの農民を集め新しく建てた寺院だ。
さら歴史も建築技術もよく知らない農民が勝手に壊れかけた遺跡を補修している。
ミャンマーは制裁を受けているため、ユネスコなどの援助を受けられない。
この問題は20年前のカンボジアと同じだ。
ベトナム軍の支援を受けてカンボジアを支配したヘンサムリン政権は国連から援助が受けられなかった。
そこでアンコールワットをインドの援助で修復したが、ダイオキシンで遺跡を洗ったり、勝手に建物を修復したり、増築したりした。
このため黒光りしていたアンコールワットがいつのまにか白茶けた色に変わっていった。
遺跡修復は学術的な研究の上に立って行わないと遺跡の価値を損ねてしまう。
経済制裁と遺跡修復の問題は世界各地で起きている。
ミャンマー軍事政権にとってパガン遺跡観光は貴重な外貨獲得のビジネスだ。
1989年にパガンを訪れた。
イラワジ川の川原に9世紀に建立された3000塔のパゴダや寺院が立ちならんでいる。
乾季の夕日が傾き、イラワジ川の川原に塔や寺院の長い影が伸びる光景は今も忘れられない。
遺跡の回りは農村で、粗末な小屋でみやげ物を売っていたのを覚えている。
軍事政権の方針で、パガン観光が様変わりした。
3000の遺跡を一つ一つ見て回るのは時間も労力もかかる。
そこで熱気球を飛ばし、ゆっくりと遺跡を見て回れるようになっている。
一方で、真新しい遺跡が目に付く。
観光客の人気を取ろうと、近くの農民を集め新しく建てた寺院だ。
さら歴史も建築技術もよく知らない農民が勝手に壊れかけた遺跡を補修している。
ミャンマーは制裁を受けているため、ユネスコなどの援助を受けられない。
この問題は20年前のカンボジアと同じだ。
ベトナム軍の支援を受けてカンボジアを支配したヘンサムリン政権は国連から援助が受けられなかった。
そこでアンコールワットをインドの援助で修復したが、ダイオキシンで遺跡を洗ったり、勝手に建物を修復したり、増築したりした。
このため黒光りしていたアンコールワットがいつのまにか白茶けた色に変わっていった。
遺跡修復は学術的な研究の上に立って行わないと遺跡の価値を損ねてしまう。
経済制裁と遺跡修復の問題は世界各地で起きている。
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