まだ残るベトナム戦争の痕跡
掘り起こされる不発弾や地雷

ベトナム戦争が終わったのは1975年、今から32年も前のことになる。
ベトナム戦争の影が薄れたなと最初に感じたのは10年ほど前のことだ。
若いベトナム人の助手にベトナム戦争について教えてくれと言われたときだ。
もはや見える形では戦争の傷跡は残っていないし、戦争体験者もあまり話したがらないということだった。
そして今ベトナム人のほとんどがベトナム戦争を体験していない。
だが、南北ベトナムを分けた17度線付近ではいまだに不発弾が出てくるという。
ベトナム戦争で使われた総爆薬量は第二次大戦の総爆薬量の2倍といわれる。
狭い地域に大量に爆弾や砲弾が落ちたことからいまだに不発弾や地雷で死亡する人が絶えない。
17度線の国道付近ではこうした不発弾を掘り、中の爆薬を抜いてくず鉄として売られている。(写真)
高度経済成長に沸くベトナムではあまり話題にならない。

ベトナム戦争が終わったのは1975年、今から32年も前のことになる。
ベトナム戦争の影が薄れたなと最初に感じたのは10年ほど前のことだ。
若いベトナム人の助手にベトナム戦争について教えてくれと言われたときだ。
もはや見える形では戦争の傷跡は残っていないし、戦争体験者もあまり話したがらないということだった。
そして今ベトナム人のほとんどがベトナム戦争を体験していない。
だが、南北ベトナムを分けた17度線付近ではいまだに不発弾が出てくるという。
ベトナム戦争で使われた総爆薬量は第二次大戦の総爆薬量の2倍といわれる。
狭い地域に大量に爆弾や砲弾が落ちたことからいまだに不発弾や地雷で死亡する人が絶えない。
17度線の国道付近ではこうした不発弾を掘り、中の爆薬を抜いてくず鉄として売られている。(写真)
高度経済成長に沸くベトナムではあまり話題にならない。
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