破棄されるアユタヤ時代のレンガ
600年の歴史を刻んで


タイの首都バンコクの中華街で取り壊される古い商店。(写真左)
発展が続くタイでは何の変哲もない光景だが、19世紀に建造された商店の壁になっていたレンガは古都アユタヤから運ばれたものだ。
14世紀、タイ中部に形成されたアユタヤ王朝は1767年ビルマ(現ミャンマー)軍の攻撃に敗れ、王宮や寺院は徹底的に破壊される。
(写真右)
王宮や寺院はレンガ造りで、破壊により大量のレンガが放置された。
1872年に今の王朝のチャクリ王朝が王宮をメナム川沿いに造営すると近くに中華街が発展し始めた。
このとき店や民家を作るのに利用されたのがアユタヤに放置されていた大量のレンガだ。
時が流れ、レンガ造りから近代的なビルに変わりつつある中華街で商店や民家が取り壊されるたびに2度目のお勤めを終えたレンガを見ることができる。
今壊され露出したレンガとアユタヤ遺跡のレンガは同じ時期に造られたものだ。


タイの首都バンコクの中華街で取り壊される古い商店。(写真左)
発展が続くタイでは何の変哲もない光景だが、19世紀に建造された商店の壁になっていたレンガは古都アユタヤから運ばれたものだ。
14世紀、タイ中部に形成されたアユタヤ王朝は1767年ビルマ(現ミャンマー)軍の攻撃に敗れ、王宮や寺院は徹底的に破壊される。
(写真右)
王宮や寺院はレンガ造りで、破壊により大量のレンガが放置された。
1872年に今の王朝のチャクリ王朝が王宮をメナム川沿いに造営すると近くに中華街が発展し始めた。
このとき店や民家を作るのに利用されたのがアユタヤに放置されていた大量のレンガだ。
時が流れ、レンガ造りから近代的なビルに変わりつつある中華街で商店や民家が取り壊されるたびに2度目のお勤めを終えたレンガを見ることができる。
今壊され露出したレンガとアユタヤ遺跡のレンガは同じ時期に造られたものだ。
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