中国化するミャンマー北部
通貨は元

民主化が遅れ、欧米だけでなくアセアンからも非難され、孤立化するミャンマー。
中国に依存する傾向が強くなってきている。
とはいっても半分鎖国に近い軍事政権の経済政策の全貌を把握するのは難しい。
写真はミャンマー北部の商業都市ラシオに行ったときに立ち寄ったレストランだ。
日付は1999年2月。
日中戦争の時に欧米諸国が国民党蒋介石政権を支援したが、ラシオは援蒋ルートの
通り道だった。
昔から中国に縁のある町であったが、レストランのメニュー表示を見て驚いた。
漢字表記であるばかりでなく、値段はミャンマーなのに中国の元だ。
中国人、あるいは華僑の客が多いということだ。
何皿かの料理を食べた後、ご飯を食べたくなったが、ビルマ語は話せない。
そこで小さな紙に「米飯」と書いてウエイトレスに見せた。
ウエイトレスはにっこり微笑んで、ご飯を持ってきてくれた。
もともと中国に近いミャンマー、欧米やアセアンの対ミャンマー政策の難しさを
物語っている。
民主化が遅れ、欧米だけでなくアセアンからも非難され、孤立化するミャンマー。
中国に依存する傾向が強くなってきている。
とはいっても半分鎖国に近い軍事政権の経済政策の全貌を把握するのは難しい。
写真はミャンマー北部の商業都市ラシオに行ったときに立ち寄ったレストランだ。
日付は1999年2月。
日中戦争の時に欧米諸国が国民党蒋介石政権を支援したが、ラシオは援蒋ルートの
通り道だった。
昔から中国に縁のある町であったが、レストランのメニュー表示を見て驚いた。
漢字表記であるばかりでなく、値段はミャンマーなのに中国の元だ。
中国人、あるいは華僑の客が多いということだ。
何皿かの料理を食べた後、ご飯を食べたくなったが、ビルマ語は話せない。
そこで小さな紙に「米飯」と書いてウエイトレスに見せた。
ウエイトレスはにっこり微笑んで、ご飯を持ってきてくれた。
もともと中国に近いミャンマー、欧米やアセアンの対ミャンマー政策の難しさを
物語っている。
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