セイロン紅茶と紛争
植民地支配が増幅させた対立

スリランカのシンハリ族とタイル族の紛争は欧米諸国や日本の努力で和平会議へ向けての動きはあるものの依然としてタミル人によるテロとスリランカ政府の軍事行動の繰り返しで一向に出口が見えない。
この紛争には紅茶好きの国民として知られるイギリスにも責任の一端がある。
お茶は良く知られているように中国が産地だった。
そのお茶を発酵させたものが紅茶で、中国雲南省に近いアッサムあたりがもともと紅茶の産地だった。
発酵食品はは雲南省が本家だから、その影響を受けたかもしれない。
もともとセイロン、今のスリランカには紅茶はなかった。
イギリスは紅茶の生産を上げるために、セイロンを選んだ。
セイロンの高地がお茶に適していた。
あまり知られていないがセイロンのヌワラエリアという高地にあるゴルフ場はアジア最古のゴルフ場で19世紀の終わりに、紅茶作りに乗り出したイギリス人が創設したものだ。
スリランカは小乗仏教の発祥の地としてもしられ、古くから定住していたシンハラ族はほとんどが仏教徒だ。
13世紀ごろからインド南部からタミル人が南下し、スリランカに入ってきていたが、イギリスが紅茶作を得意とするタミル人の入植を進めた。
写真はヌワラエリアの紅茶畑だが、働く女性はタミル人だ。
タミル人はヒンズー教徒が多く、宗教的な対立も生んだ。
イギリスが植民地支配をしている間は比較的目立たなかったが、独立後多数を占めるシンハラ族が政治的に有利な立場に立ったため、タミル人が反政府活動を活発化させていった。
紛争さえなければ、小乗仏教遺跡や自然に恵まれ、観光に適した国だ。
スリランカのシンハリ族とタイル族の紛争は欧米諸国や日本の努力で和平会議へ向けての動きはあるものの依然としてタミル人によるテロとスリランカ政府の軍事行動の繰り返しで一向に出口が見えない。
この紛争には紅茶好きの国民として知られるイギリスにも責任の一端がある。
お茶は良く知られているように中国が産地だった。
そのお茶を発酵させたものが紅茶で、中国雲南省に近いアッサムあたりがもともと紅茶の産地だった。
発酵食品はは雲南省が本家だから、その影響を受けたかもしれない。
もともとセイロン、今のスリランカには紅茶はなかった。
イギリスは紅茶の生産を上げるために、セイロンを選んだ。
セイロンの高地がお茶に適していた。
あまり知られていないがセイロンのヌワラエリアという高地にあるゴルフ場はアジア最古のゴルフ場で19世紀の終わりに、紅茶作りに乗り出したイギリス人が創設したものだ。
スリランカは小乗仏教の発祥の地としてもしられ、古くから定住していたシンハラ族はほとんどが仏教徒だ。
13世紀ごろからインド南部からタミル人が南下し、スリランカに入ってきていたが、イギリスが紅茶作を得意とするタミル人の入植を進めた。
写真はヌワラエリアの紅茶畑だが、働く女性はタミル人だ。
タミル人はヒンズー教徒が多く、宗教的な対立も生んだ。
イギリスが植民地支配をしている間は比較的目立たなかったが、独立後多数を占めるシンハラ族が政治的に有利な立場に立ったため、タミル人が反政府活動を活発化させていった。
紛争さえなければ、小乗仏教遺跡や自然に恵まれ、観光に適した国だ。
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