タイ、銀行より金行
現在も残る華僑の知恵

中国の清の時代、大勢の華僑が東南アジアを目指した。
タイの中華街はヤワラだ。(写真)
家族や親戚それに友人を頼って海を渡るから自然に同郷の人間が集まる。
タイの場合は潮州からだ。
ほとんどの華僑がまず中華街にやってくる。
勤勉に働き、小金ができると独立して起業する。
国を捨ててきたから頼れるものは同郷の人間とお金。
東南アジアのどこに行っても華僑総会があり、互助会の機能を果たしている。
そしてお金だが、最近こそ経済成長センターなどと呼ばれ、東南アジアの経済は安定したが、華僑が渡ってきた時代は戦争なども相次ぎ、現地のお金は信用が低かった。
また急いでほかの国に逃げなければならないときは国際的に普遍的な価値がある金のほうが便利だ。
そこで稼いだお金はすべて金に変える。
それも装飾品などに加工し、常に身に着けておく。
華僑排斥運動などが起きれば、そのまま逃げられる。
このため銀行よりも金を取引する金行が金融機関として発展した。
現在は銀行のほうが一般的になったが、まだまだ金行は生き残っている。
中国の清の時代、大勢の華僑が東南アジアを目指した。
タイの中華街はヤワラだ。(写真)
家族や親戚それに友人を頼って海を渡るから自然に同郷の人間が集まる。
タイの場合は潮州からだ。
ほとんどの華僑がまず中華街にやってくる。
勤勉に働き、小金ができると独立して起業する。
国を捨ててきたから頼れるものは同郷の人間とお金。
東南アジアのどこに行っても華僑総会があり、互助会の機能を果たしている。
そしてお金だが、最近こそ経済成長センターなどと呼ばれ、東南アジアの経済は安定したが、華僑が渡ってきた時代は戦争なども相次ぎ、現地のお金は信用が低かった。
また急いでほかの国に逃げなければならないときは国際的に普遍的な価値がある金のほうが便利だ。
そこで稼いだお金はすべて金に変える。
それも装飾品などに加工し、常に身に着けておく。
華僑排斥運動などが起きれば、そのまま逃げられる。
このため銀行よりも金を取引する金行が金融機関として発展した。
現在は銀行のほうが一般的になったが、まだまだ金行は生き残っている。
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