華僑の墓
死して後、祖国に帰る


裸一貫、華南の各地から東南アジア、インドシナを目指した華僑。
その歴史は古く、12世紀に建立されたカンボジアのアンコール・トムの壁画には中国人がジャンク船に乗って商売をしに着ている様子が描かれている。
また当時、元の特使としてカンボジアに派遣された中国人、周達観は真臘風土記の中でアンコール時代の華僑についてふれている。
19世紀末に清朝が海外渡航を許可すると、欧米の植民地だった東南アジア、インドシナへ労働力を供給するため大勢の華僑が海を渡った。
天朝棄民という言葉で表されるとおり、華僑は国からも見離され、着の身着のままで親戚や友人を頼って海外に出る。
このため、華僑は同郷の集団となる。
また、国を失っているため頼りになるのはお金と同郷の人間しかない。
身を削って働き余裕ができた華僑の夢は衣錦還郷、だが錦を飾るために帰国する華僑は一割に満たない。
赴いた国で結婚、家庭ができ、その子孫である華人はもはや中国に特別の感情を持たない。
現地の家族と中国に残してきた家族の狭間で悩むうち、年老いてしまう華僑がほとんどだ。
華僑の墓は中国形式が多い。
円形の墓で南斜面に造営される。【写真】
中国でよく見かける墓だが、中国の墓と違うのは海に向いている墓が多いことだ。【写真】
この世では祖国に帰ることができなかったが、死して後は祖国に帰りたいということだろう。
中には脇にジャンク船の模型が置かれている墓もある。
ジャンク船に乗り命がけでやってきた海外だが、やはりジャンク船に乗って祖国に帰りたかったという切ない願いが感じられる。


裸一貫、華南の各地から東南アジア、インドシナを目指した華僑。
その歴史は古く、12世紀に建立されたカンボジアのアンコール・トムの壁画には中国人がジャンク船に乗って商売をしに着ている様子が描かれている。
また当時、元の特使としてカンボジアに派遣された中国人、周達観は真臘風土記の中でアンコール時代の華僑についてふれている。
19世紀末に清朝が海外渡航を許可すると、欧米の植民地だった東南アジア、インドシナへ労働力を供給するため大勢の華僑が海を渡った。
天朝棄民という言葉で表されるとおり、華僑は国からも見離され、着の身着のままで親戚や友人を頼って海外に出る。
このため、華僑は同郷の集団となる。
また、国を失っているため頼りになるのはお金と同郷の人間しかない。
身を削って働き余裕ができた華僑の夢は衣錦還郷、だが錦を飾るために帰国する華僑は一割に満たない。
赴いた国で結婚、家庭ができ、その子孫である華人はもはや中国に特別の感情を持たない。
現地の家族と中国に残してきた家族の狭間で悩むうち、年老いてしまう華僑がほとんどだ。
華僑の墓は中国形式が多い。
円形の墓で南斜面に造営される。【写真】
中国でよく見かける墓だが、中国の墓と違うのは海に向いている墓が多いことだ。【写真】
この世では祖国に帰ることができなかったが、死して後は祖国に帰りたいということだろう。
中には脇にジャンク船の模型が置かれている墓もある。
ジャンク船に乗り命がけでやってきた海外だが、やはりジャンク船に乗って祖国に帰りたかったという切ない願いが感じられる。
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