フィリピンの漂海民
スールー王国の悲劇

フィリピンの最南端ミンダナオ島からマレーシアのボルネオ島
までスールー諸島と呼ばれる島が連なっている。
かつてはこの界隈を治めるイスラム王国があり、多くの
漂海民が暮らしていた。
漂海民は漁業を生業とし、海岸か浅瀬に家を建て内陸部に入ることはない(写真)。
典型的な漂海民であるバジャウ族を取材した。
バジャウ族は西欧諸国が植民地支配のために引いた、国境や専管水域
は意識していない。
大航海時代以前から西はマダガスカルから東は中国まで魚を求め移動
してきた。
バジャウ族はタイのプーケットからやってきたという説もある。
バジャウ族にとっていまも国境はまったく意味がない。
パスポートも持たず、インドネシアだろうとマレーシアだろうと
入出国を繰り返す。
バジャウ族に言わせればだれがことわりもなく国境を引いたんだということだろう。
13世紀にイスラム教が伝来し、スルタンをいただくイスラム王国、スールー王国が
誕生する。
だが、アメリカの植民地支配に屈し、1915年亡国の悲運に見舞われる。
スルタン・キラムの末裔のバジン王妃に会見した。
王妃はスールー王国の繁栄を偲ばせる装飾品が飾られた部屋で、正装に
身を包んで迎えてくれたが、スールー王国の歴史の話になると
淋しげだった。

フィリピンの最南端ミンダナオ島からマレーシアのボルネオ島
までスールー諸島と呼ばれる島が連なっている。
かつてはこの界隈を治めるイスラム王国があり、多くの
漂海民が暮らしていた。
漂海民は漁業を生業とし、海岸か浅瀬に家を建て内陸部に入ることはない(写真)。
典型的な漂海民であるバジャウ族を取材した。
バジャウ族は西欧諸国が植民地支配のために引いた、国境や専管水域
は意識していない。
大航海時代以前から西はマダガスカルから東は中国まで魚を求め移動
してきた。
バジャウ族はタイのプーケットからやってきたという説もある。
バジャウ族にとっていまも国境はまったく意味がない。
パスポートも持たず、インドネシアだろうとマレーシアだろうと
入出国を繰り返す。
バジャウ族に言わせればだれがことわりもなく国境を引いたんだということだろう。
13世紀にイスラム教が伝来し、スルタンをいただくイスラム王国、スールー王国が
誕生する。
だが、アメリカの植民地支配に屈し、1915年亡国の悲運に見舞われる。
スルタン・キラムの末裔のバジン王妃に会見した。
王妃はスールー王国の繁栄を偲ばせる装飾品が飾られた部屋で、正装に
身を包んで迎えてくれたが、スールー王国の歴史の話になると
淋しげだった。
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