楼蘭の幻想
楼蘭にそびえる仏塔

中国人にとって楼蘭は特別思いがあるようだ。
茫漠たるタクラマカン砂漠にはかつてシルクロードの要衝として
栄えた数々の遺跡が点在しているが、楼蘭によせる中国人の特別な
思いはその後の文学や庶民の感傷に表れている。
もう17年も前になるが、楼蘭を訪ねた。
かつて法顕や玄奘などの求法僧が命がけで経典を求めてインドへ旅した。
その途中で楼蘭に立ち寄っている。
7世紀、玄奘が訪れたとき、楼蘭はすでに荒廃していたという。
一面の砂漠と風化した荒々しいヤルダンが続く、楼蘭に立つと
かつて僧侶や商人が行き交い、ペルシャやローマの宝石や中国の絹が取引される
活気に満ちた楼蘭を想像するのは難しい。
見えるのはそびえる仏塔(写真)、民家のあとや軍の司令部あとだけだ。
ただ民家のあとには石臼や玉のかけらなどが落ちていて生活感が伺える。
楼蘭が滅亡した理由はなぞに包まれている。
天山山脈から流れ出た水が潤していたロプノール湖がかれた、感染病で
楼蘭人が死んだ、隣国の匈奴に攻め込まれたなどの説が有力だが、はっきりとした
ことは分からない。
最近は経済成長著しい中国の開発がタクラマカン砂漠も様変わりしたようだ。
法顕が「砂漠には悪鬼、熱風多くあり、遭えばたちまちみな死して、一人として
全き者なし、上に飛ぶ鳥なくなく、下に走る獣なし、見渡す限り往く道をさがしても
目標すらなし、ただ死人の白骨をもって標識となすのみ」と書き残したタクラマカン
砂漠だが、中央を貫く高速道路ができたそうだ。
求法僧や商人の苦労がますます幻想に変わりそうだ。
中国人にとって楼蘭は特別思いがあるようだ。
茫漠たるタクラマカン砂漠にはかつてシルクロードの要衝として
栄えた数々の遺跡が点在しているが、楼蘭によせる中国人の特別な
思いはその後の文学や庶民の感傷に表れている。
もう17年も前になるが、楼蘭を訪ねた。
かつて法顕や玄奘などの求法僧が命がけで経典を求めてインドへ旅した。
その途中で楼蘭に立ち寄っている。
7世紀、玄奘が訪れたとき、楼蘭はすでに荒廃していたという。
一面の砂漠と風化した荒々しいヤルダンが続く、楼蘭に立つと
かつて僧侶や商人が行き交い、ペルシャやローマの宝石や中国の絹が取引される
活気に満ちた楼蘭を想像するのは難しい。
見えるのはそびえる仏塔(写真)、民家のあとや軍の司令部あとだけだ。
ただ民家のあとには石臼や玉のかけらなどが落ちていて生活感が伺える。
楼蘭が滅亡した理由はなぞに包まれている。
天山山脈から流れ出た水が潤していたロプノール湖がかれた、感染病で
楼蘭人が死んだ、隣国の匈奴に攻め込まれたなどの説が有力だが、はっきりとした
ことは分からない。
最近は経済成長著しい中国の開発がタクラマカン砂漠も様変わりしたようだ。
法顕が「砂漠には悪鬼、熱風多くあり、遭えばたちまちみな死して、一人として
全き者なし、上に飛ぶ鳥なくなく、下に走る獣なし、見渡す限り往く道をさがしても
目標すらなし、ただ死人の白骨をもって標識となすのみ」と書き残したタクラマカン
砂漠だが、中央を貫く高速道路ができたそうだ。
求法僧や商人の苦労がますます幻想に変わりそうだ。
|
|
|
|
|
このページのトップへ▲ |
