カンボジアから
学校再建に取り組んだ岡村真理子さんが亡くなりました。


カンボジアのニュースが途絶えた。
UNTAC国連暫定統治機構が総選挙を実施し、自衛隊が始めてPKO活動を行った92年、93年ごろ、首都プノンペンは国連職員、各国のボランティア、PKOそれに取材記者であふれ返っていた。
総選挙が実施され政府が確立され、橋や道路それにビルなどの再建は著しく、アンコール遺跡の観光などで潤うカンボジアは一見順調に復興しているように見える。
しかし、一番手間と時間がかかるのが人材の育成は遅れがちだ。
文化、文明や宗教を否定したポルポト政権は学校を徹底的に破壊したり、収容所や処刑場に利用した。
プノンペンのツアーでよく知られるトゥールスレン収容所、今は博物館として当時の残虐さをそのまま展示しているが、元々は高校の校舎だった。
私も自衛隊のPKO活動を取材する為、1年ほどプノンペンに通ったが取材中にカンボジア人に案内され、国道2号線から10キロほど奥に入った農村地帯で破壊された学校を見に行ったことがある。
半壊した講堂に入って驚いたのは演壇のところに山積みされた人骨だ(写真)。
近くに処刑場があったと案内してくれたカンボジア人が話してくれた。
ポルポト政権が教養や学識のあるものを選んで虐殺したため、カンボジアでは校舎のほかに先生もノートも不足している。
しかも道路や建物と違い、人材の育成には20年30年の年月がかかる。
岡村真理子さんもUNTACの活動と同時期に「学校を贈る会」を創設し、たくさんの学校をカンボジアに建てた。
残念ながら2月1日逝去され大勢のカンボジア人が葬儀に参列した(写真)。
おそらく岡村さんも私が国道2号線近くで私がた光景と似た状況をカンボジアでご覧になったと思う。
岡村さんたちはカンボジアのニュースが途絶えてしまってからもボランティア活動を地道に続けられた。
メディアは時に洪水のようにニュースを流すが、時が過ぎればあまりにもあっさりとニュースを流さなくなってしまう。
「アジアNOW」もカンボジアのニュースが多いとはいえない。
3月10日前後の放送の「アジアNOW」で岡村さんの葬儀と活動を紹介させていただいた。
心からの哀悼と少し恥ずかしい気持ちで。
直井


カンボジアのニュースが途絶えた。
UNTAC国連暫定統治機構が総選挙を実施し、自衛隊が始めてPKO活動を行った92年、93年ごろ、首都プノンペンは国連職員、各国のボランティア、PKOそれに取材記者であふれ返っていた。
総選挙が実施され政府が確立され、橋や道路それにビルなどの再建は著しく、アンコール遺跡の観光などで潤うカンボジアは一見順調に復興しているように見える。
しかし、一番手間と時間がかかるのが人材の育成は遅れがちだ。
文化、文明や宗教を否定したポルポト政権は学校を徹底的に破壊したり、収容所や処刑場に利用した。
プノンペンのツアーでよく知られるトゥールスレン収容所、今は博物館として当時の残虐さをそのまま展示しているが、元々は高校の校舎だった。
私も自衛隊のPKO活動を取材する為、1年ほどプノンペンに通ったが取材中にカンボジア人に案内され、国道2号線から10キロほど奥に入った農村地帯で破壊された学校を見に行ったことがある。
半壊した講堂に入って驚いたのは演壇のところに山積みされた人骨だ(写真)。
近くに処刑場があったと案内してくれたカンボジア人が話してくれた。
ポルポト政権が教養や学識のあるものを選んで虐殺したため、カンボジアでは校舎のほかに先生もノートも不足している。
しかも道路や建物と違い、人材の育成には20年30年の年月がかかる。
岡村真理子さんもUNTACの活動と同時期に「学校を贈る会」を創設し、たくさんの学校をカンボジアに建てた。
残念ながら2月1日逝去され大勢のカンボジア人が葬儀に参列した(写真)。
おそらく岡村さんも私が国道2号線近くで私がた光景と似た状況をカンボジアでご覧になったと思う。
岡村さんたちはカンボジアのニュースが途絶えてしまってからもボランティア活動を地道に続けられた。
メディアは時に洪水のようにニュースを流すが、時が過ぎればあまりにもあっさりとニュースを流さなくなってしまう。
「アジアNOW」もカンボジアのニュースが多いとはいえない。
3月10日前後の放送の「アジアNOW」で岡村さんの葬儀と活動を紹介させていただいた。
心からの哀悼と少し恥ずかしい気持ちで。
直井
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