
永田町の舞台裏 08.02.23号
好きな極論、嫌いな極論
12年前の今頃も、「沖縄」が政治的な大問題になっていた。前年9月の海兵隊員による少女暴行事件をきっかけにした沖縄の人々の怒りはさめやらず、事態を重く見た日米両政府が地位協定の改定や普天間基地返還など、大きな政治決断に傾いていた。
そのころ防衛担当記者だった私はいま、強い既視感にとらわれている。
事件当時、首相は村山富市さん、外相は河野洋平さんだった。ハト派のシンボルのような政治家だが、2人は事件当初、なんと言っていたか。アメリカの機嫌をうかがったのか、外交当局の言いなりだったのかは分からないが、地位協定の改定や基地縮小などを求める沖縄の訴えを「議論が走りすぎている」などと捉え、沖縄の怒りをさらに煽っていたのだ。
メディアも、情勢を正しく認識していなかった。事件の第一報は地元紙も含めてごく小さく、朝日新聞もその例外ではなかった。その後、この問題で大騒ぎするたび、私たちは己の判断ミスに居心地の悪さを感じていた。
事態を大きく動かしたのはもちろん、沖縄の人々の悲痛な叫びだったが、当時の私には米国の指導者層のセンシティブな対応も際立っているように見えた。クリントン大統領の対応もすばやかったし、ペリー国防長官は弱腰の村山さんらとは違って、確か「沖縄の要求は正当である」と受け止め、普天間返還などを受け入れた。
なぜなのか。ペリーさんらは、沖縄を本当に怒らせたら米軍基地など1日たりとも動きはしない、ということを分かっていたのだと思う。以下は私の見方だが、沖縄の人々はふつう米軍基地問題をオール・オア・ナッシングでは考えていない。つまり、100%基地を認めないというのではなく、現状が改善される方向なら、ある程度の苦痛は受忍しようと考えているのだと思う。もし、沖縄の人々が本当に怒ったらどうなるのか。コトは簡単だ。例えば嘉手納基地のゲート前でオバアが10人でも座り込んだらいい。日本ばかりか世界の注目を浴びるなかで、米軍だろうと沖縄県警だろうと、この人たちをゴボウ抜きにすることはできまい。
今回の暴行事件でも、駐日大使や在日米軍幹部らの対応が(私の想像より)素早く、厳正だった裏には、そうした破局を何とか避けようという米国側の意思を感じ取るのは間違いではないと思うのだが、どうだろうか。
翻って、イージス艦「あたご」が漁船に衝突した事件での、わが日本の政府、防衛省、海上自衛隊の対応はどうだろう。私が不思議でならないのは、事故からかなり時間がたったいまでも、艦長なり、護衛艦隊司令官なり、自衛艦隊司令官なり、海上幕僚長などからまとまった説明がないし、政治家がそれを命じないことなのだ。海上保安庁の捜査に任せるというのは詭弁で、加害者としてどうしてちゃんと事故報告をせずに、断片的に、それも後に誤りと分かるような説明を繰り返すのか。不誠実このうえない。暴行事件の詳細も明らかにならないうちから、対応に忙しい米国側のセンシティブさとは、対極にある。
沖縄で少女が暴行されないようにするには、米軍が撤退しなければならない、という意見がある。しかし、こうした考え方が十分な説得力をもつようにならないのは、確かに米兵が沖縄から1人もいなくなれば米兵による暴行事件はありえないが、少女たちがほかのだれかに暴行されることはなくならない。それに、米兵が少女に暴行する可能性が極めて小さくなるのであれば、米軍に日本や極東の安全に寄与してもらう方が得策である――と考える人がそう少数派ではないからだろう。
同じような理屈で、漁船が二度と自衛艦に衝突されないようにするため自衛艦を全廃せよ、という意見はいまのところ極めて少ないだろう。ただ、国民の生命を守る自衛隊が国民の安全を脅かしてどうするのか、そんな本末転倒した自衛隊ならいっそ解散してしまえ、という極論は成り立つ。
最近の政治家と防衛当局の鈍感さを見ていると、そんな意見が広まって政府が困ればいい、という乱暴な気分に襲われる。(O)
12年前の今頃も、「沖縄」が政治的な大問題になっていた。前年9月の海兵隊員による少女暴行事件をきっかけにした沖縄の人々の怒りはさめやらず、事態を重く見た日米両政府が地位協定の改定や普天間基地返還など、大きな政治決断に傾いていた。
そのころ防衛担当記者だった私はいま、強い既視感にとらわれている。
事件当時、首相は村山富市さん、外相は河野洋平さんだった。ハト派のシンボルのような政治家だが、2人は事件当初、なんと言っていたか。アメリカの機嫌をうかがったのか、外交当局の言いなりだったのかは分からないが、地位協定の改定や基地縮小などを求める沖縄の訴えを「議論が走りすぎている」などと捉え、沖縄の怒りをさらに煽っていたのだ。
メディアも、情勢を正しく認識していなかった。事件の第一報は地元紙も含めてごく小さく、朝日新聞もその例外ではなかった。その後、この問題で大騒ぎするたび、私たちは己の判断ミスに居心地の悪さを感じていた。
事態を大きく動かしたのはもちろん、沖縄の人々の悲痛な叫びだったが、当時の私には米国の指導者層のセンシティブな対応も際立っているように見えた。クリントン大統領の対応もすばやかったし、ペリー国防長官は弱腰の村山さんらとは違って、確か「沖縄の要求は正当である」と受け止め、普天間返還などを受け入れた。
なぜなのか。ペリーさんらは、沖縄を本当に怒らせたら米軍基地など1日たりとも動きはしない、ということを分かっていたのだと思う。以下は私の見方だが、沖縄の人々はふつう米軍基地問題をオール・オア・ナッシングでは考えていない。つまり、100%基地を認めないというのではなく、現状が改善される方向なら、ある程度の苦痛は受忍しようと考えているのだと思う。もし、沖縄の人々が本当に怒ったらどうなるのか。コトは簡単だ。例えば嘉手納基地のゲート前でオバアが10人でも座り込んだらいい。日本ばかりか世界の注目を浴びるなかで、米軍だろうと沖縄県警だろうと、この人たちをゴボウ抜きにすることはできまい。
今回の暴行事件でも、駐日大使や在日米軍幹部らの対応が(私の想像より)素早く、厳正だった裏には、そうした破局を何とか避けようという米国側の意思を感じ取るのは間違いではないと思うのだが、どうだろうか。
翻って、イージス艦「あたご」が漁船に衝突した事件での、わが日本の政府、防衛省、海上自衛隊の対応はどうだろう。私が不思議でならないのは、事故からかなり時間がたったいまでも、艦長なり、護衛艦隊司令官なり、自衛艦隊司令官なり、海上幕僚長などからまとまった説明がないし、政治家がそれを命じないことなのだ。海上保安庁の捜査に任せるというのは詭弁で、加害者としてどうしてちゃんと事故報告をせずに、断片的に、それも後に誤りと分かるような説明を繰り返すのか。不誠実このうえない。暴行事件の詳細も明らかにならないうちから、対応に忙しい米国側のセンシティブさとは、対極にある。
沖縄で少女が暴行されないようにするには、米軍が撤退しなければならない、という意見がある。しかし、こうした考え方が十分な説得力をもつようにならないのは、確かに米兵が沖縄から1人もいなくなれば米兵による暴行事件はありえないが、少女たちがほかのだれかに暴行されることはなくならない。それに、米兵が少女に暴行する可能性が極めて小さくなるのであれば、米軍に日本や極東の安全に寄与してもらう方が得策である――と考える人がそう少数派ではないからだろう。
同じような理屈で、漁船が二度と自衛艦に衝突されないようにするため自衛艦を全廃せよ、という意見はいまのところ極めて少ないだろう。ただ、国民の生命を守る自衛隊が国民の安全を脅かしてどうするのか、そんな本末転倒した自衛隊ならいっそ解散してしまえ、という極論は成り立つ。
最近の政治家と防衛当局の鈍感さを見ていると、そんな意見が広まって政府が困ればいい、という乱暴な気分に襲われる。(O)



