
永田町の舞台裏 08.01.12号
メディアは亀田父になるのか
なんともさえない、一年の幕開けではないか。もちろん、福田さんと小沢さんのことである。だれが考えても、今年の日本の政治は激動を免れない。なのに、ご本人たちはそうした状況に知らん顔で、激動期を仕切ろうという自負も責任感もおよそ感じられない。
まずは4日、福田さんの年頭の記者会見。内閣改造を見送ったことにとやかく言うつもりはない。相変わらず脱力したような話し振りも、まあいいだろう。しかし、生活重視、安心と安全な国と力んでみても、何か具体策があっただろうか。百歩譲って、策らしきものがあったとしよう。しかし、参院の与野党逆転状態のなかで、それらの施策をどう現実化するかの方法論は全く示さないし、参院での多数派をどう確保するかという展望についての見通しもない。これでは、政権を信任するのかしないのか、判断のしようがないではないか。
少子高齢化社会の到来、世界経済の環境変化、そして東アジア情勢の変動のなかで、どう日本の経済・社会をデザインするのかに、なぜ触れないのだろう。
そして、9日の党首討論。これは小沢さんのほうによりがっかりした。口下手でも別段構わないが、どうして激突の年の初めに、そして初顔合わせの場で、これまで委員会審議でさんざんやりとりした年金特別便の話などを蒸し返すのか。繰り返そう。あなたは日本の経済・社会をどうデザインするのか、私はこう未来を描く、となぜ議論を挑まないのか。
自衛隊の海外派遣について、集団的自衛権の行使であり、違憲であるという最近の持論にこだわるのもいいが、これも何度も指摘したように、小沢さんがいくら力説したって議論がかみ合うはずもない。小沢さん以外のたいていの人はこれまで、多少整合性に欠けようと、インド洋での給油は集団的自衛権とは関係ないという整理で議論を組み立ててきたのだから。
小沢さんの国会対策もひどい。どうしてテロ特措法案の継続審議などを狙うのか。すっきりと否決しないのか。共産や社民に反対されて、否決したのは結果オーライだったが、よくもまあこれだけ後手後手に回れるものだと感心するほかない。
首相問責決議案を出さなかったのも納得しがたい。ちょっと考えてもらいたい。民主党は伝家の宝刀だから「ここぞ」というときに抜きたい、とおっしゃっているが、「いまここ」で宝刀を抜いてだれか怒りますか。いま、民主党を支持しているひとたちのだれが民主党にがっかりすると言うのだろうか。
闘っているようで闘っていない。いわば八百長のようなこうした光景を解説してくれる人がいた。約束で匿名だが、幹事長と官房長官、両ポストの経験者と言っておこう(たぶんほとんどいないから、想像は容易なはず)。
その人の話によると、また今回、福田さんと小沢さんの橋渡しをした人がいるらしい。その人は大新聞関係者ではなく、政治家(これは私の想像で元首相だと思う)で、おそらく小沢さんにこう言ったらしい。「自民党も本気で怒れば君の不動産疑惑を徹底的に暴く。それじゃ君ももたんだろう。ここはお互い静かにやろうじゃないか」。
小沢さんはもとより、早い段階での選挙に自信がないし、まだ手練手管を発揮できる大連立をあきらめたわけではない。ここで多少の凪をつくっても、損はしまい。第一、マンション取得に絡む話はつっつかれて楽しい話ではないのはもちろん、下手をすると命取りになってしまう――。
福田さんももとより、早めの解散などしたくない。3分の2どころか過半数維持も難しいことは火を見るより明らかだろう。それに被害を最小限に抑えて現状を打開するには、大連立しかない。小沢さんとここで喧嘩しても何の得もない――。お互いがこんなふうに韜晦していることは十分に勘繰ることができる。
さて結論。激動を前に私たちはどうも、こうしたリーダーたちの自己保存本能による不作為と言うか、及び腰という壁に突き当たっているのかもしれない。来るべき政治決戦の前に、私たちは亀田父のようにわんわんと、政治家たちの尻をたたき続けねばならないのか。08年、ジャーナリズムは例年になく、疲労困憊する予感がする。(O)
なんともさえない、一年の幕開けではないか。もちろん、福田さんと小沢さんのことである。だれが考えても、今年の日本の政治は激動を免れない。なのに、ご本人たちはそうした状況に知らん顔で、激動期を仕切ろうという自負も責任感もおよそ感じられない。
まずは4日、福田さんの年頭の記者会見。内閣改造を見送ったことにとやかく言うつもりはない。相変わらず脱力したような話し振りも、まあいいだろう。しかし、生活重視、安心と安全な国と力んでみても、何か具体策があっただろうか。百歩譲って、策らしきものがあったとしよう。しかし、参院の与野党逆転状態のなかで、それらの施策をどう現実化するかの方法論は全く示さないし、参院での多数派をどう確保するかという展望についての見通しもない。これでは、政権を信任するのかしないのか、判断のしようがないではないか。
少子高齢化社会の到来、世界経済の環境変化、そして東アジア情勢の変動のなかで、どう日本の経済・社会をデザインするのかに、なぜ触れないのだろう。
そして、9日の党首討論。これは小沢さんのほうによりがっかりした。口下手でも別段構わないが、どうして激突の年の初めに、そして初顔合わせの場で、これまで委員会審議でさんざんやりとりした年金特別便の話などを蒸し返すのか。繰り返そう。あなたは日本の経済・社会をどうデザインするのか、私はこう未来を描く、となぜ議論を挑まないのか。
自衛隊の海外派遣について、集団的自衛権の行使であり、違憲であるという最近の持論にこだわるのもいいが、これも何度も指摘したように、小沢さんがいくら力説したって議論がかみ合うはずもない。小沢さん以外のたいていの人はこれまで、多少整合性に欠けようと、インド洋での給油は集団的自衛権とは関係ないという整理で議論を組み立ててきたのだから。
小沢さんの国会対策もひどい。どうしてテロ特措法案の継続審議などを狙うのか。すっきりと否決しないのか。共産や社民に反対されて、否決したのは結果オーライだったが、よくもまあこれだけ後手後手に回れるものだと感心するほかない。
首相問責決議案を出さなかったのも納得しがたい。ちょっと考えてもらいたい。民主党は伝家の宝刀だから「ここぞ」というときに抜きたい、とおっしゃっているが、「いまここ」で宝刀を抜いてだれか怒りますか。いま、民主党を支持しているひとたちのだれが民主党にがっかりすると言うのだろうか。
闘っているようで闘っていない。いわば八百長のようなこうした光景を解説してくれる人がいた。約束で匿名だが、幹事長と官房長官、両ポストの経験者と言っておこう(たぶんほとんどいないから、想像は容易なはず)。
その人の話によると、また今回、福田さんと小沢さんの橋渡しをした人がいるらしい。その人は大新聞関係者ではなく、政治家(これは私の想像で元首相だと思う)で、おそらく小沢さんにこう言ったらしい。「自民党も本気で怒れば君の不動産疑惑を徹底的に暴く。それじゃ君ももたんだろう。ここはお互い静かにやろうじゃないか」。
小沢さんはもとより、早い段階での選挙に自信がないし、まだ手練手管を発揮できる大連立をあきらめたわけではない。ここで多少の凪をつくっても、損はしまい。第一、マンション取得に絡む話はつっつかれて楽しい話ではないのはもちろん、下手をすると命取りになってしまう――。
福田さんももとより、早めの解散などしたくない。3分の2どころか過半数維持も難しいことは火を見るより明らかだろう。それに被害を最小限に抑えて現状を打開するには、大連立しかない。小沢さんとここで喧嘩しても何の得もない――。お互いがこんなふうに韜晦していることは十分に勘繰ることができる。
さて結論。激動を前に私たちはどうも、こうしたリーダーたちの自己保存本能による不作為と言うか、及び腰という壁に突き当たっているのかもしれない。来るべき政治決戦の前に、私たちは亀田父のようにわんわんと、政治家たちの尻をたたき続けねばならないのか。08年、ジャーナリズムは例年になく、疲労困憊する予感がする。(O)



