
永田町の舞台裏 07.08.04
大久保はいないのか
前言を撤回したくなるような成り行きである。
参院選で惨敗した後、辞任を拒み続ける安倍さんのことだ。「反省すべきは反省する」と言いながら反省の内容が分からない。そして、「基本路線は国民の皆様に理解していただいている」という根拠のない自信。自分で「私か小沢さん、どちらかを選んでほしい」と言ったのに、後になると「政権選択選挙ではない」と言い張る支離滅裂さ。
司馬遼太郎さんがいろいろな著作で、吉田松陰とか高杉晋作とか久坂玄瑞とか、維新回天時の長州人の激越な政治性を紹介しているが、まさにそれを地で行くような突っ走り方である。安倍さんはやっぱり長州人だったのか、と。
ここ数日の新聞が軌道修正したところによると、参院選当日、敗色が濃くなった時点で、森さん、青木さん、それに幹事長の中川さんが会談し、「続投は困難」という認識で一致していたという。当初報道されたように、続投にお墨付きを与えたわけではなかったのだ。当たり前の判断だろう。選挙当日の安倍さんの記者会見で、同席した青木さんや中川さんがひときわ浮かない表情だったのが、いまになって納得できる。
いずれにしろ安倍さんは周囲を仰天させながらも、自らの意思を貫いた。まあ、その意気はかってもいい。
では次の話はどうか。その会談と前後して、安倍さんは麻生さんと話し合っていた。これは報道されていないと思うが、信頼すべき情報によると、幹事長への就任を要請された麻生さんはすぐに党役員・内閣人事に着手すること、党人事は自分に任せることなどを条件としたが、安倍さんが即断できず、結論が先送りになっているという。
これは麻生さんが周辺に漏らしていることだが、どうも安倍さんは敗北を全く予想していないか、判断停止状態だったらしく、続投を決めたといっても、その後の人事や政局運営などに何の展望ももっていなかったようだ。7日からの臨時国会を、すでに辞意を明らかにした幹事長が切り盛りし、内閣改造も月末という、これも周囲を唖然とさせるスケジュールは安倍さんの「不明」が原因なのだ。
おいおい大丈夫か、と聞きたくなるが、どうもそれが真相らしい。選挙前、事務所経費について「赤城さんは十分説明している」としつつ、惨敗したら「説明に問題があった」として更迭したことも、こうした安倍さんの佇まいを考えると納得できるだろう。
みんなが分かっていることだからもう細かくは言わないが、安倍さんの続投には相当無理があるのに、さらに安倍さんのこの判断力である。実際に内閣改造ができるとは断言できないし、臨時国会が乗り切れるかとなると、それはかなり怪しい。
司馬さんは、長州人の激越な政治性について、それが悲憤慷慨につながり、結局、暴発・自滅しがちだったとも書いている。維新で長州は死屍累々としただけで、人材は木戸孝允ぐらいしか残らず、その政治思想は明治政府には引き継がれなかった。伊藤博文がいたという反論もあるかもしれないが、司馬さんは、伊藤は薩摩の大久保利通の流れと位置づけていたように思う。
別に安倍さんがいくら力んでも構わない。その結果、自滅しても私たちは困らない。困るのは、実態のない過剰な思い込みで日本の政治を動かされることなのだ。司馬さんの作品で、謹厳怜悧な実務派として描かれる大久保のような人が、そろそろ登場する頃合なのではないか。
以下は全くの余談。麻生さんは大久保の玄孫だが、私が麻生待望論を言っているわけではないことは、分かっていただきたい。(O)
前言を撤回したくなるような成り行きである。
参院選で惨敗した後、辞任を拒み続ける安倍さんのことだ。「反省すべきは反省する」と言いながら反省の内容が分からない。そして、「基本路線は国民の皆様に理解していただいている」という根拠のない自信。自分で「私か小沢さん、どちらかを選んでほしい」と言ったのに、後になると「政権選択選挙ではない」と言い張る支離滅裂さ。
司馬遼太郎さんがいろいろな著作で、吉田松陰とか高杉晋作とか久坂玄瑞とか、維新回天時の長州人の激越な政治性を紹介しているが、まさにそれを地で行くような突っ走り方である。安倍さんはやっぱり長州人だったのか、と。
ここ数日の新聞が軌道修正したところによると、参院選当日、敗色が濃くなった時点で、森さん、青木さん、それに幹事長の中川さんが会談し、「続投は困難」という認識で一致していたという。当初報道されたように、続投にお墨付きを与えたわけではなかったのだ。当たり前の判断だろう。選挙当日の安倍さんの記者会見で、同席した青木さんや中川さんがひときわ浮かない表情だったのが、いまになって納得できる。
いずれにしろ安倍さんは周囲を仰天させながらも、自らの意思を貫いた。まあ、その意気はかってもいい。
では次の話はどうか。その会談と前後して、安倍さんは麻生さんと話し合っていた。これは報道されていないと思うが、信頼すべき情報によると、幹事長への就任を要請された麻生さんはすぐに党役員・内閣人事に着手すること、党人事は自分に任せることなどを条件としたが、安倍さんが即断できず、結論が先送りになっているという。
これは麻生さんが周辺に漏らしていることだが、どうも安倍さんは敗北を全く予想していないか、判断停止状態だったらしく、続投を決めたといっても、その後の人事や政局運営などに何の展望ももっていなかったようだ。7日からの臨時国会を、すでに辞意を明らかにした幹事長が切り盛りし、内閣改造も月末という、これも周囲を唖然とさせるスケジュールは安倍さんの「不明」が原因なのだ。
おいおい大丈夫か、と聞きたくなるが、どうもそれが真相らしい。選挙前、事務所経費について「赤城さんは十分説明している」としつつ、惨敗したら「説明に問題があった」として更迭したことも、こうした安倍さんの佇まいを考えると納得できるだろう。
みんなが分かっていることだからもう細かくは言わないが、安倍さんの続投には相当無理があるのに、さらに安倍さんのこの判断力である。実際に内閣改造ができるとは断言できないし、臨時国会が乗り切れるかとなると、それはかなり怪しい。
司馬さんは、長州人の激越な政治性について、それが悲憤慷慨につながり、結局、暴発・自滅しがちだったとも書いている。維新で長州は死屍累々としただけで、人材は木戸孝允ぐらいしか残らず、その政治思想は明治政府には引き継がれなかった。伊藤博文がいたという反論もあるかもしれないが、司馬さんは、伊藤は薩摩の大久保利通の流れと位置づけていたように思う。
別に安倍さんがいくら力んでも構わない。その結果、自滅しても私たちは困らない。困るのは、実態のない過剰な思い込みで日本の政治を動かされることなのだ。司馬さんの作品で、謹厳怜悧な実務派として描かれる大久保のような人が、そろそろ登場する頃合なのではないか。
以下は全くの余談。麻生さんは大久保の玄孫だが、私が麻生待望論を言っているわけではないことは、分かっていただきたい。(O)



