
永田町の舞台裏 07.03.17号
やっぱり黙ればいいのに
このコラムで、口下手の安倍さんは「信念」を主張するより黙っていたほうが政権が長続きするのではないか、と書いたのが2週間前。政界はその直後から、先を見る目がある、とつい自画自賛したくなるような展開になった。
まず、慰安婦に関する河野談話について。安倍さんはよほどこの談話が嫌いらしく、首相就任前後からこの談話に盛られた精神を継承するのかどうか、必ずしも明らかではなかった。そして、「原点回帰」後の5日、参院予算委員会で要旨以下の発言が飛び出した。
狭義の意味で強制性を裏付ける証言はなかった。いわば官憲が家に押し入って連れて行くという強制性はなかったということだ/国会の場でこういう議論を延々とするのが生産的とは思わないが、当時の経済状況もあり、進んでそういう道に進もうと思った方はおそらくおられなかったと思う。間に入った業者が事実上強制したこともあった。そういう意味で広義の解釈で強制性があったということではないか/米国で決議が話題になっているが、事実誤認があるというのが私どもの立場だ。決議があったからといって、我々が謝罪するということはない。
まあ、何を言いたいかは分かるが、「人道」とか「責任」とかに関わるテーマに二つの「強制性」という技術論で反応するというのは、あまり「品格」があるとは言えまい。案の定、こうした安倍さんの論法は、アジアばかりか米国の知日派からも酷評され、安倍さんはとうとう11日、「心からなるおわびを申し上げている」と、季節外れの謝罪まで言わされる羽目になった。
もう一つ指摘したい。集団的自衛権の話だ。安倍さんは13日、オーストラリアのハワード首相と会談して、テロ対策や北朝鮮問題など安全保障面の協力を包括的に強化する「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に署名した。
これは次のようなことを意味する。イラクのサマワでは憲法の制約がある自衛隊をオーストラリア軍が警護した。ありがとう。自衛隊法を改正したように、今後も日本は自衛隊の積極的な海外派遣を図るが、そのときも協力してもらいたい。ただ、それについては、守ってもらうばかりでは心苦しいから、「サマワで一緒に活動する英豪軍に攻撃があった場合に(自衛隊が)駆け付けること」など「個別具体例が憲法の禁じる集団的自衛権の行使にあたるかどうかの研究を進めたい」と安倍さんは語っているのだ。
ちょっと待ってもらいたい。もし一緒にいるなら英豪軍への攻撃は自衛隊への攻撃と同値と看做せるから、ふつうの自衛権で事足りる。「駆け付ける」というコトバが気になる。これはある程度、自衛隊と英豪軍が離れていることを想定しているのではないか。ここで考えたいのは、英豪軍は「戦争」に行っているが、自衛隊は「復興支援」に行っているということだ。わざわざ助っ人に参じるミッションを、おそらく時の政府は自衛隊に付与しないし、もし付与したら、それは憲法違反である。
こういう危ないところには自衛隊は行けない。もし行けと言うなら、自衛隊はあなたを助けないが、あなたは自衛隊を守らねばならない、と言えばいい。これが、憲法と国際協調をバランスさせるギリギリの線だろう。安倍さんの発言には、どうしても自衛隊が海外で一人前の戦闘をできるようにしたいという意気込みが空回りしている。
今週、安倍さんの側近と目されている政治家がある席で、安倍政権の支持率低下についてこんな愚痴をこぼしたという。「いい商品をできるだけ売ろうというのが広報だ。悪い商品を宣伝で売ることはできない」。又聞きなので実名は伏せるが、みなさんだれか想像できそうですね。
このとき居合わせた人々は驚いたらしい。官邸からもそんな意見が出るのか、と。(O)
このコラムで、口下手の安倍さんは「信念」を主張するより黙っていたほうが政権が長続きするのではないか、と書いたのが2週間前。政界はその直後から、先を見る目がある、とつい自画自賛したくなるような展開になった。
まず、慰安婦に関する河野談話について。安倍さんはよほどこの談話が嫌いらしく、首相就任前後からこの談話に盛られた精神を継承するのかどうか、必ずしも明らかではなかった。そして、「原点回帰」後の5日、参院予算委員会で要旨以下の発言が飛び出した。
狭義の意味で強制性を裏付ける証言はなかった。いわば官憲が家に押し入って連れて行くという強制性はなかったということだ/国会の場でこういう議論を延々とするのが生産的とは思わないが、当時の経済状況もあり、進んでそういう道に進もうと思った方はおそらくおられなかったと思う。間に入った業者が事実上強制したこともあった。そういう意味で広義の解釈で強制性があったということではないか/米国で決議が話題になっているが、事実誤認があるというのが私どもの立場だ。決議があったからといって、我々が謝罪するということはない。
まあ、何を言いたいかは分かるが、「人道」とか「責任」とかに関わるテーマに二つの「強制性」という技術論で反応するというのは、あまり「品格」があるとは言えまい。案の定、こうした安倍さんの論法は、アジアばかりか米国の知日派からも酷評され、安倍さんはとうとう11日、「心からなるおわびを申し上げている」と、季節外れの謝罪まで言わされる羽目になった。
もう一つ指摘したい。集団的自衛権の話だ。安倍さんは13日、オーストラリアのハワード首相と会談して、テロ対策や北朝鮮問題など安全保障面の協力を包括的に強化する「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に署名した。
これは次のようなことを意味する。イラクのサマワでは憲法の制約がある自衛隊をオーストラリア軍が警護した。ありがとう。自衛隊法を改正したように、今後も日本は自衛隊の積極的な海外派遣を図るが、そのときも協力してもらいたい。ただ、それについては、守ってもらうばかりでは心苦しいから、「サマワで一緒に活動する英豪軍に攻撃があった場合に(自衛隊が)駆け付けること」など「個別具体例が憲法の禁じる集団的自衛権の行使にあたるかどうかの研究を進めたい」と安倍さんは語っているのだ。
ちょっと待ってもらいたい。もし一緒にいるなら英豪軍への攻撃は自衛隊への攻撃と同値と看做せるから、ふつうの自衛権で事足りる。「駆け付ける」というコトバが気になる。これはある程度、自衛隊と英豪軍が離れていることを想定しているのではないか。ここで考えたいのは、英豪軍は「戦争」に行っているが、自衛隊は「復興支援」に行っているということだ。わざわざ助っ人に参じるミッションを、おそらく時の政府は自衛隊に付与しないし、もし付与したら、それは憲法違反である。
こういう危ないところには自衛隊は行けない。もし行けと言うなら、自衛隊はあなたを助けないが、あなたは自衛隊を守らねばならない、と言えばいい。これが、憲法と国際協調をバランスさせるギリギリの線だろう。安倍さんの発言には、どうしても自衛隊が海外で一人前の戦闘をできるようにしたいという意気込みが空回りしている。
今週、安倍さんの側近と目されている政治家がある席で、安倍政権の支持率低下についてこんな愚痴をこぼしたという。「いい商品をできるだけ売ろうというのが広報だ。悪い商品を宣伝で売ることはできない」。又聞きなので実名は伏せるが、みなさんだれか想像できそうですね。
このとき居合わせた人々は驚いたらしい。官邸からもそんな意見が出るのか、と。(O)



