
永田町の舞台裏 06.7.8号
古証文の値打ち
4年前の8月30日午前10時ごろのことだった。韓国の夕刊紙が、小泉首相が近く北朝鮮を訪問する、と伝えているという。
これこそ、寝耳に水だった。当時の政治記者の感覚ではまずありえない話だった。半信半疑で取材を始めると、なんとホンモノで、夕刊に追っかけ記事を書きながら、日本の同業者に抜かれなくてよかったと思う反面、就任1年ちょっとの小泉首相を初めて評価した。
そして9月17日、小泉−金正日会談で日朝ピョンヤン宣言がまとまった。私はこれも非常に高く評価している。戦後処理をしたうえで、核・ミサイルの安全保障問題、拉致や不審船問題の一括解決を図ろうという政策パッケージで、おそらく首相5年の最大の功績といっていいのではないか。
帰りの機中で安倍晋三官房副長官(当時)に、拉致被害者8人死亡という話に日本国内の世論は相当厳しい、とたしなめられるまで、首相は非常に上機嫌だったという話も理解できた。
今週、北朝鮮がテポドン2などミサイル7発をロシアに近い日本海に打ち込んだ。日本国内では、もっと制裁を強めろ、国連安保理で制裁決議をまとめよ、といった強硬論が華々しい。蓮池薫さんら5人が帰国したときの光景がフラッシュバックする。
しかし、ここでもう一度、この古証文を思い起こしたい。今回も、ピョンヤン宣言をめぐって日朝両サイドからある程度の言及はあるが、これを破棄しようという話は幸いにして出ていない。双方にとって、この宣言以上に合理的な外交の道筋は思い浮かばないということの裏返しの表明でもあるだろう。
宣言から約4年。この間の進み方は確かにのろい。だからといって、北朝鮮を軍事攻撃するのか、経済的に封じ込めるのか。現実的にはソフトランディングしか選択肢はないのだから、日米ともども対北戦略を練り直すべきではないか。
北朝鮮の核・ミサイル開発は進む一方で、日朝、米朝の信頼醸成は捗らない――という流れは、日米にとってこそ最悪だろう。(O)
4年前の8月30日午前10時ごろのことだった。韓国の夕刊紙が、小泉首相が近く北朝鮮を訪問する、と伝えているという。
これこそ、寝耳に水だった。当時の政治記者の感覚ではまずありえない話だった。半信半疑で取材を始めると、なんとホンモノで、夕刊に追っかけ記事を書きながら、日本の同業者に抜かれなくてよかったと思う反面、就任1年ちょっとの小泉首相を初めて評価した。
そして9月17日、小泉−金正日会談で日朝ピョンヤン宣言がまとまった。私はこれも非常に高く評価している。戦後処理をしたうえで、核・ミサイルの安全保障問題、拉致や不審船問題の一括解決を図ろうという政策パッケージで、おそらく首相5年の最大の功績といっていいのではないか。
帰りの機中で安倍晋三官房副長官(当時)に、拉致被害者8人死亡という話に日本国内の世論は相当厳しい、とたしなめられるまで、首相は非常に上機嫌だったという話も理解できた。
今週、北朝鮮がテポドン2などミサイル7発をロシアに近い日本海に打ち込んだ。日本国内では、もっと制裁を強めろ、国連安保理で制裁決議をまとめよ、といった強硬論が華々しい。蓮池薫さんら5人が帰国したときの光景がフラッシュバックする。
しかし、ここでもう一度、この古証文を思い起こしたい。今回も、ピョンヤン宣言をめぐって日朝両サイドからある程度の言及はあるが、これを破棄しようという話は幸いにして出ていない。双方にとって、この宣言以上に合理的な外交の道筋は思い浮かばないということの裏返しの表明でもあるだろう。
宣言から約4年。この間の進み方は確かにのろい。だからといって、北朝鮮を軍事攻撃するのか、経済的に封じ込めるのか。現実的にはソフトランディングしか選択肢はないのだから、日米ともども対北戦略を練り直すべきではないか。
北朝鮮の核・ミサイル開発は進む一方で、日朝、米朝の信頼醸成は捗らない――という流れは、日米にとってこそ最悪だろう。(O)



