
永田町の舞台裏 06.4.7号
「変わる…」
大物政治家は、生まれ変わる…。
鈴木宗男がそうだった。
外務省絡みの斡旋収賄事件などで逮捕され、議員辞職、一審有罪…。そして、一連の想像を絶するバッシングの中鈴木は生まれ変わった。それまで政治家でいられたことの幸福を実感したのだ。
「国家国民のため、地域のため、弱者のためという政治の原点に心底返った」と語る鈴木は、新党大地を立ち上げ永田町に復活。たったひとりで質問趣意書という議員の権利を行使しながらの外務省改革や、弱者救済の社民主義的運動を精力的に展開中だ。逮捕前のような政局での脂ぎった鈴木の印象は今はない。
加藤紘一もそうだった。
秘書脱税事件で議員辞職したあと、地元山形の選挙区を行脚して生まれ変わった。それまで常に圧倒的な得票で当選してきた加藤だが、ひとりひとりの有権者と時間をかけて話し合った。一票の重みを知ったのだった。
「山形tのお年寄りや若者などが懸命に生きている。人間の幸福とは、生きる幸福とは何か。それを反映しない政策であってはいけない」と、年金議論の際に基本的な考え方をそう語ってくれた。
故梶山静六もそうだった。
番記者として身近に見ていたころは国対委員長・幹事長の時代で、まさに策士・恫喝・強権という代名詞がにぴったりの政治家だった。だが、総裁選に出馬したころから梶山は生まれ変わった。周辺は言う。
「健康状態などから死期を意識し始めたのかもしれない。その頃から、梶さんは『俺はいつまで生きられるか分からない』と盛んに言いながら、当時最大の課題だった経済政策を猛勉強し次々に提言した。国家国民のため、子や孫の時代のために、というのが口癖になった」
晩年の梶山があったからこそ、今も政策やリーダー像のあり方など議論の節目に梶山を惜しむ声が聞かれる。
民主党の小沢一郎新代表は、代表選の演説で
「まず私自身が変わらなければならない」
と宣言した。小沢周辺はこう話す。
「長い野党暮らし、苦労の連続が小沢さんを変えたのは間違いない。今回逃げずに隠れずに出馬したことそのものがそれを証明している」
小沢新代表もまた生まれ変わるか…。 《文中敬称略》 (S)
大物政治家は、生まれ変わる…。
鈴木宗男がそうだった。
外務省絡みの斡旋収賄事件などで逮捕され、議員辞職、一審有罪…。そして、一連の想像を絶するバッシングの中鈴木は生まれ変わった。それまで政治家でいられたことの幸福を実感したのだ。
「国家国民のため、地域のため、弱者のためという政治の原点に心底返った」と語る鈴木は、新党大地を立ち上げ永田町に復活。たったひとりで質問趣意書という議員の権利を行使しながらの外務省改革や、弱者救済の社民主義的運動を精力的に展開中だ。逮捕前のような政局での脂ぎった鈴木の印象は今はない。
加藤紘一もそうだった。
秘書脱税事件で議員辞職したあと、地元山形の選挙区を行脚して生まれ変わった。それまで常に圧倒的な得票で当選してきた加藤だが、ひとりひとりの有権者と時間をかけて話し合った。一票の重みを知ったのだった。
「山形tのお年寄りや若者などが懸命に生きている。人間の幸福とは、生きる幸福とは何か。それを反映しない政策であってはいけない」と、年金議論の際に基本的な考え方をそう語ってくれた。
故梶山静六もそうだった。
番記者として身近に見ていたころは国対委員長・幹事長の時代で、まさに策士・恫喝・強権という代名詞がにぴったりの政治家だった。だが、総裁選に出馬したころから梶山は生まれ変わった。周辺は言う。
「健康状態などから死期を意識し始めたのかもしれない。その頃から、梶さんは『俺はいつまで生きられるか分からない』と盛んに言いながら、当時最大の課題だった経済政策を猛勉強し次々に提言した。国家国民のため、子や孫の時代のために、というのが口癖になった」
晩年の梶山があったからこそ、今も政策やリーダー像のあり方など議論の節目に梶山を惜しむ声が聞かれる。
民主党の小沢一郎新代表は、代表選の演説で
「まず私自身が変わらなければならない」
と宣言した。小沢周辺はこう話す。
「長い野党暮らし、苦労の連続が小沢さんを変えたのは間違いない。今回逃げずに隠れずに出馬したことそのものがそれを証明している」
小沢新代表もまた生まれ変わるか…。 《文中敬称略》 (S)



